欧米近代社会の形成
近世末から近代にかけての欧米社会は、宗教改革、市民革命、産業革命という変動を通じて、身分制的な世界から市民的・国民的な秩序へと再編された。この歴史的過程を欧米近代社会の形成と呼び、主権国家の成立、資本主義経済の発展、個人の権利意識と国民意識の成長が重なり合いながら進行した。その結果、政治体制、社会構造、文化や思想のあり方が大きく変容し、現代につながる枠組みが形づくられた。
宗教改革と市民社会の萌芽
16世紀の宗教改革は、教会権威への服従から、各人の信仰と良心を重視する潮流を生んだ。プロテスタント諸派は聖書の個人読解を促し、識字率の向上や教育の普及に寄与した。教会・身分共同体よりも、契約に基づく信徒共同体や都市の自治を重んじる発想は、後の市民社会の基盤となった。近代における個人主体の倫理や価値観は、のちにニーチェやサルトルが批判的に継承したように、宗教改革期の経験と深く結びついている。
主権国家体制と絶対王政
三十年戦争を経て成立した主権国家体制は、領主や都市、教会に分散していた権力を王権のもとに統合した。絶対王政は官僚制と常備軍、租税制度を整備し、国内市場の統一を進めた。この中央集権化は、自由な個人を保障する近代国家とは異なる側面を持ちながらも、領域国家という枠組みを一般化させた点で重要である。やがて主権国家内部で、市民層が政治参加と権利拡大を求める動きが強まり、後述する市民革命へとつながっていく。
市民革命と自由主義的秩序
17〜18世紀に展開したイギリス革命、アメリカ独立革命、フランス革命は、王権神授説に対して人民主権と人権の理念を打ち出した。成文憲法や権利章典、三権分立といった制度は、法の支配と市民の自由を守る仕組みとして整えられた。選挙権は当初、財産を持つ男性市民に限られていたが、19世紀を通じて拡大し、国民国家の枠内での政治参加が広がった。人間の自由と責任をめぐる問題は、近代以降の思想家、たとえばサルトルやニーチェの議論にも受け継がれることになる。
産業革命と資本主義社会の成立
18世紀後半のイギリスから始まった産業革命は、機械制大工業と工場制度を広め、生産性を飛躍的に向上させた。紡績機や蒸気機関、鉄鋼業の発展により、標準化された部品生産が進み、ボルトのような金属部品にも規格化の原理が浸透した。資本や労働力が市場で自由に取引される資本主義社会のもとで、企業家層と賃金労働者層の分化が進み、都市への人口集中や労働問題が顕在化した。これらの矛盾は社会主義思想や労働運動を生み、近代社会を問い直す思想的土壌となった。
国民国家の形成と帝国主義
19世紀には、フランス革命の理念とナポレオン戦争の経験を背景に、言語・歴史・文化を共有する「国民」を政治単位とみなすナショナリズムが広がった。普仏戦争後のドイツ帝国やイタリア王国の成立は、その象徴的事例である。国民教育や徴兵制、国旗や国歌などの象徴は、人々を国民国家への帰属へと組み込んだ。同時に、欧米諸国はアジア・アフリカへの植民地支配を拡大し、帝国主義競争が激化した。こうして「国民」と「帝国」が絡み合う形で、欧米近代社会の国際秩序が構築された。
近代文化と世論の空間
印刷技術の発達と識字率の向上は、新聞や雑誌、書籍を通じて広範な世論形成を可能にした。都市にはサロンやカフェ、コーヒーハウスが生まれ、政治や経済、文化について議論する公共圏が形成された。ここでは国家権力から相対的に自立した市民の議論が展開され、批評精神が育まれた。大量出版の進展は、哲学や文学、社会科学の成果を広く伝え、ニーチェやサルトルのような思想家の議論を通じて、近代社会そのものを反省する契機をもたらした。
近代的自我の成立とその揺らぎ
このような政治・経済・文化の変化の中で、伝統的共同体から相対的に自立した「近代的自我」が浮上した。個人は法の下で平等な主体として想定され、職業選択や居住移動の自由を得た一方で、市場競争や国家動員の圧力にもさらされることになった。20世紀に入ると、大衆社会や全体主義、世界大戦の経験を通じて、近代が掲げた自由と理性の理念は批判的に検証される。サルトルやニーチェによる実存や価値の再考は、こうした揺らぎの表現であり、欧米近代社会を理解するうえで欠かせない視角となっている。