朝鮮特需
朝鮮特需とは、1950年に勃発した朝鮮戦争を契機に、連合国軍を中心とする軍事行動・占領運営に必要な物資や役務の調達が日本で大量に行われ、日本経済に短期的かつ集中的な需要増加をもたらした現象である。戦後復興期の日本は生産設備・外貨・資材の制約が大きかったが、特需は外貨獲得と稼働率上昇を同時に促し、企業収益、雇用、税収、設備投資に波及した。結果として、講和と国際社会復帰へ向かう過程の経済基盤を補強し、戦後日本の産業構造と政策判断にも影響を与えた。
成立の背景
終戦直後の日本は、占領下での統制と資源不足のもと、需給ギャップと物価上昇を抱えていた。財政・金融の引き締めを軸とするドッジ・ラインは均衡財政とインフレ抑制を狙ったが、景気は冷え込み、生産回復は不安定になりやすかった。こうした局面で朝鮮半島の軍事的緊張が戦争へ転化し、日本は地理的近接性、港湾・修理能力、人的資源、既存工業の集積を背景に、兵站拠点としての機能を強めた。
特需の内容と調達の仕組み
朝鮮特需の中心は、軍需物資の製造・加工だけでなく、修理、輸送、建設、通信、医療、食料供給など多岐に及んだ。発注は占領当局や軍の調達機関を通じて行われ、企業は契約に基づいて製品・サービスを提供し、代金は主として外貨で支払われた。日本側にとっては外貨不足の緩和が重要であり、輸入原材料の確保や設備更新に回る資金が得られた点が大きい。調達は短納期・大量供給を求めるため、標準化、工程管理、品質管理の実務が普及し、民需にも転用される経営技術の学習効果が生じた。
産業への波及
特需は工業生産の稼働率を押し上げ、基礎資材と輸送関連を中心に需要が連鎖した。鉄鋼、機械、化学、繊維、車両、港湾荷役などが受注を拡大し、企業収益の改善が進んだ。とりわけ資本集約的な分野では、受注増が設備投資意欲を刺激し、戦後の生産性向上に結び付いた。産業政策面では、外貨獲得と原材料配分が重要課題となり、重点配分を通じて基礎素材産業の整備が促され、戦後の重化学工業化に向かう土台が厚くなった。
- 基礎素材: 受注増により稼働率が上がり、設備の補修・更新が進んだ。
- 機械・修理: 車両、発電機器、建設機械など周辺需要が広がった。
- 物流・建設: 港湾、倉庫、道路、施設整備など役務需要が増加した。
雇用・賃金・都市経済
朝鮮特需は工場稼働の回復を通じて雇用を増やし、臨時雇用や残業の拡大を伴って賃金所得を押し上げた。消費は都市部を中心に持ち直し、流通・サービス部門にも波及した。労働市場では技能労働者の需要が高まり、企業内訓練や資格・技能の評価が重視されやすくなった。地域的には港湾都市や工業集積地で効果が大きく、受注産業が偏ることで地域差が意識される契機にもなった。
財政・金融と外貨の意味
特需代金の受け取りは外貨不足の緩和に直結し、輸入原材料の手当てや生産のボトルネック解消に寄与した。資金循環の拡大は企業の資金繰りを改善し、設備投資や在庫の積み増しを可能にした。金融面では日本銀行を含む金融当局が、景気回復と物価安定の両立を課題として対応することになり、受注増が需要過熱に結び付く局面では、資金配分や信用管理が政策論点となった。外貨獲得は国際収支の制約を緩め、講和後の輸入増にも耐えうる基盤づくりに作用した。
政治・外交と安全保障への影響
朝鮮特需の進行は、占領終盤から講和にかけての政治日程とも重なり、経済回復が外交選択の現実的条件になった。吉田茂内閣のもとで、経済再建を優先しつつ対外関係を整える路線が進められ、サンフランシスコ講和条約による主権回復と、日米安全保障条約体制の形成へとつながった。国内の治安・防衛の枠組みも再編され、警察予備隊の創設など安全保障政策の転機を伴った。特需は戦争そのものの産物であるため、経済的利益だけでなく、再軍備や基地問題を含む社会的・政治的論点を呼び込む契機ともなった。
評価と論点
朝鮮特需は戦後不況局面で外部需要をもたらし、生産回復と外貨獲得を同時に実現した点で、復興過程の加速要因として位置付けられる。反面、需要が軍事行動に依存するため、受注の変動が景気の振れを生み、産業・地域・企業規模によって恩恵の偏りが生じやすい。さらに、軍事需要に適合した生産や技術が経済に与える影響、占領期から講和後へ連続する政策判断への作用など、経済史・政治史の双方から検討されてきた。特需の経験は、外部ショックが国内の産業構造と制度選択を動かしうることを示す事例として、日本の戦後史を理解する鍵となっている。