奴隷|労働力の商品化と支配構造の世界史

奴隷

奴隷とは、法的に他者の所有権の対象とされ、身体の自由と処分権を欠く人々を指す。古代から近世まで多くの社会で広く見られ、家内労働、農業、鉱山、商業、軍事補助など多様な労働に従事した。とくに古代地中海世界では戦争捕虜や交易を通じて大量の奴隷が供給され、都市経済や大規模農場の基盤を成した。解放や限定的保護が存在する社会もあったが、基本的には所有物として扱われ、人身売買や刑罰と密接に結びついた制度である。

語源と用語

奴隷に相当する語は地域により異なる。古代ギリシア語の「doulos」は家内・公的部門双方の従属者を含み、ローマの「servus」は法的に所有されうる人格として規定された。東アジアでは「奴婢」などの語が身分的隷属を示す。債務不履行で一時的に労力を提供する負債隷属は、売買可能な私有財産としての奴隷(動産奴隷)と区別される。制度は一様ではなく、国家隷属や共同体隷属など多層の形態が併存した。

供給源と拡大の要因

  • 戦争捕虜の組織的移送
  • 債務に伴う隷属(債務奴隷
  • 海賊・誘拐・辺境交易
  • 出生(家内奴隷の子)
  • 刑罰・売却による身分転落

古代地中海では征服戦争が最大の供給源であり、長距離交易網の発達が流通を加速した。価格や需要は都市の建設景気や大土地経営の拡大と連動し、特定の時期に奴隷人口が急増する現象が観察される。

古代ギリシアにおける展開

アテナイでは家庭奉公、工房・商店の補助、鉱山労働などで奴隷が不可欠であった。法的には所有物だが、裁判での証言や財貨管理など限定的役割を担う場合もある。劇作や哲学は奴隷の存在を所与として論じ、自由市民の余暇と政治参加を支える基盤として機能した。

スパルタのヘイロタイ

スパルタのヘイロタイは共同体に縛られた国家隷属民で、動産として売買される典型的奴隷とは法的位置づけが異なる。彼らは農地に付着し、貢納義務と強制的監視の下で耕作に従事した。頻発する反乱の抑止はスパルタ社会の恒常的課題であった。

古代ローマの制度

ローマでは征服の拡大とともに奴隷が流入し、都市経済と農業生産の中核を担った。とくに大土地経営(ラティフンディウム)は安価な奴隷労働を大量に吸収し、地方社会の構造を変えた。所有者は懲罰・売却・貸与など広範な権能を持つが、時代とともに扱いに一定の規制や慣行が形成された。

解放と市民社会への組み込み

主人の意思や法的手続(manumissio)により奴隷は解放され、解放奴(libertus/liberta)として限定的権利を得た。彼らは恩主との関係を保持しつつ都市の同業者組合や商業に参入し、子孫は市民社会に統合されうる。解放の濫用を抑える規制も存在し、時代により条件は変動した。

経済と労働の分化

  • 家内労働・教育(家庭教師・書記)
  • 農業(穀物・果樹園・牧畜)
  • 鉱山・石切場・公共工事
  • 工房・商業・運輸
  • 都市サービス(浴場・娯楽)

スキルを持つ奴隷は高値で取引され、利潤追求に応じて職能が細分化した。主人から預かった資産(peculium)を運用し、解放の原資を蓄える事例も知られる。

社会と文化の側面

奴隷は婚姻権や親権を制限され、家族形成は不安定であった。他方、宗教祭祀や葬送儀礼に参加する余地も見られ、碑文は個々の生を断片的に伝える。暴力と統制は制度の内在要素であり、逃亡防止や身分表示の慣行が広く行われた。

抵抗と蜂起

ローマではシチリア奴隷戦争やスパルタクスの反乱など集団蜂起が発生した。これらは軍事的鎮圧で終息したが、支配層に制度管理の見直しを促し、警備・監督体制の強化につながった。日常的抵抗(怠業・逃亡・交渉)も重要な研究対象である。

法と保護の枠組み

奴隷は法的には「物」(res)として扱われるが、過度の虐待を禁じる規定や解放後の地位に関する規則が整備された。売買契約、損害賠償、性質保証など、市場を支える法技術が発達し、主人の権能と公共秩序の均衡が模索された。

中世・近世への連続と変容

古代末には農民の土着化が進み、農奴制の広がりが奴隷制度の一部機能を代替した。他方、地中海・黒海・サハラ交易やインド洋圏では人身売買が継続・再編される。近世の大西洋奴隷貿易は規模と暴力において特異であり、近代の人権思想と廃止運動がこれに対抗した。

史料と研究の方法

演説・法文・農業書・碑文・パピルス文書など多様な一次史料が奴隷の実態を断片的に伝える。考古学は作業場や住空間を可視化し、経済史は価格・賃金・人口比を推計する。思想史は正当化の論理と倫理的批判を検討し、地域比較は制度の多様性と連関を明らかにする。現代の研究は強制労働全般との接続やトラウマの視点も取り入れている。