共産党宣言
共産党宣言は、1848年にカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスによってドイツ語で執筆された政治文書であり、近代の社会主義・共産主義思想を代表する古典的テキストである。産業革命以後の資本主義社会を歴史的に分析し、ブルジョワジーとプロレタリアートの階級対立を軸に、資本主義の必然的な崩壊とプロレタリア革命の到来を論じた点に特徴がある。末尾の「万国の労働者よ、団結せよ」という一句は、国境をこえた労働者階級の連帯を象徴するスローガンとして世界史に刻まれている。
発表の背景と歴史的文脈
19世紀前半、ヨーロッパでは産業革命が進行し、工場労働に従事する賃金労働者が急速に増加した。資本を所有するブルジョワジーが富と政治的影響力を握る一方、多くの労働者は長時間労働と低賃金に苦しみ、社会的不平等は拡大していた。このような状況のもとで、各地に社会主義的な思想や労働者運動が生まれ、既存の君主制や封建的秩序を揺さぶった。共産党宣言は、ロンドンを拠点とした「共産主義者同盟」からの委嘱を受け、その綱領として執筆されたものであり、1848年にヨーロッパ各地で起こる「諸国民の春」と呼ばれる革命運動と同時期に登場した。
著者マルクスとエンゲルス
カール・マルクスはドイツ出身の思想家であり、哲学・経済学・歴史学を総合して資本主義社会を分析した。一方のフリードリヒ・エンゲルスは、工場経営に関わった経験をもち、イギリスの工業都市マンチェスターで労働者の生活実態を観察した人物である。両者は青年ヘーゲル派の議論を受け継ぎつつ、観念論を批判し、現実の経済・社会構造に根ざした理論を構築しようとした点で共通していた。その批判的態度は、後の哲学者であるニーチェや実存主義のサルトルと同様、近代社会の在り方そのものを問い直すものであった。
構成と主要な論点
共産党宣言は序文と4章からなり、簡潔でありながら多くの要素を含むテキストである。とくに第1章から第3章にかけて、歴史観・階級分析・既存の社会主義思想批判が展開される。
- 第1章「ブルジョアとプロレタリア」では、歴史が階級闘争の歴史であるとされ、資本主義社会を形成したブルジョワジーと、それに対立するプロレタリアートの関係が描かれる。
- 第2章「プロレタリアと共産主義者」では、共産主義者がプロレタリア階級全体のもっとも先進的な部分であり、その歴史的使命を理論的に自覚させる役割をもつとされる。
- 第3章では、当時存在していたさまざまな社会主義・共産主義の潮流を批判し、空想的・保守的な傾向と区別される「科学的」共産主義の立場が示される。
歴史観と階級闘争の理論
共産党宣言の中心にあるのは、歴史を生産関係と階級闘争の過程として捉える唯物史観である。封建社会から資本主義社会への移行は、単なる政治体制の変化ではなく、生産手段の所有形態とそれに基づく階級構造の変化として説明される。ブルジョワジーは封建的束縛を打ち破り、世界市場を切り開いたが、その発展そのものがプロレタリアートを大量に生み出し、やがては自身を否定する条件をつくり出すと論じられた。工場の機械やボルトにいたるまでが資本の蓄積のために動員される姿は、人間が自らつくり出したシステムに支配される近代の矛盾を象徴している。
私有財産批判と共産主義社会の構想
第2章では、ブルジョワ的私有財産の廃止が共産主義の核心として掲げられる。ここでいう私有財産とは、すべての個人的所持を否定することではなく、他人の労働を搾取するための生産手段の所有を指すと説明される。マルクスとエンゲルスは、プロレタリア革命によって国家権力を掌握した後、累進課税や相続権の制限、土地の国有化など段階的な措置を通じて、階級のない社会への移行が進むと構想した。そこでは労働が共同で組織され、搾取なき生産が実現することで、人間の多面的な能力が発展するとされた。
スローガン「万国の労働者よ、団結せよ」
共産党宣言の末尾を飾る「万国の労働者よ、団結せよ」という呼びかけは、国境や民族をこえた連帯を訴えるものである。マルクスは、資本主義が世界市場を形成し、どの国でも似たような搾取構造を生み出す以上、個々の国で孤立して闘うだけでは支配を覆せないと考えた。この国際主義の発想は、後の第1インターナショナルや各国の社会主義政党の運動に受け継がれていく。近代思想史を検討する際、ニヒリズムを論じたニーチェや実存の自由を追究したサルトルとあわせて読むことで、人間解放をめぐる異なるアプローチを比較することができる。
受容と歴史的影響
1848年当時、共産党宣言の直接の影響は限定的であったが、その後の労働運動と社会主義運動の発展にともない、各国語に翻訳されて広く読まれるようになった。19世紀末から20世紀初頭にかけて、多くの社会民主主義政党や労働者政党が綱領の中でその理論を参照し、ロシア革命以後は共産党系の運動において必読文献とみなされた。また、思想的には資本主義批判の基本的な枠組みを提示したテキストとして、経済学・歴史学・政治思想史の議論に大きな影響を与えた。
現代における意義
今日の世界では、19世紀のような工場労働だけでなく、サービス業や情報産業が経済の中心となり、労働の形態も多様化している。それでもなお、富の集中や格差拡大といった問題は続いており、資本主義の仕組みを批判的に考察しようとする試みは途切れていない。その際、共産党宣言は、歴史を大きな構造変化として捉え、社会を階級関係から分析する視点を与えるテキストとして位置づけられる。人間の疎外や主体性の問題を論じたサルトルや近代価値の転換を語ったニーチェ、さらには近代技術文明の象徴としての機械やボルトへの眼差しを重ね合わせることで、この文書が提示した問いを現代社会に引きつけて読み直すことが可能となる。