偉大な社会
偉大な社会とは、1960年代のアメリカ合衆国で掲げられた国内改革構想であり、貧困の縮小、公民権の拡充、医療・教育・都市政策の整備などを通じて、生活の質を高める社会像を示したものである。中心となったのはリンドン・ジョンソン政権で、連邦政府の役割を拡大しつつ、多数の立法を短期間に成立させた点に特徴がある。
概念と名称
偉大な社会は英語のGreat Societyに由来し、経済成長の成果を社会全体の福祉と機会に結び付ける政治目標として語られた。単に所得を増やすだけではなく、教育水準、医療へのアクセス、差別の是正、都市環境の改善といった領域までを政策対象として広げ、人々が尊厳をもって生活できる条件を整えることが意図された。言葉としては理念を示すスローガンである一方、実体としては個別の法律と行政機構の積み重ねとして形成された。
成立の背景
1960年代初頭の米国は好況期にあったが、地域・人種・教育水準によって生活条件の格差が残り、都市部では貧困と住宅問題が深刻化していた。南部を中心に差別撤廃を求める公民権運動が高揚し、政治参加の保障が大きな争点となった。こうした状況のもとで、連邦政府が社会政策を通じて格差の是正に踏み込むべきだという主張が強まり、ジョンソン政権は立法多数を背景に、改革を包括的に推進した。
主要政策の柱
偉大な社会の政策群は多岐にわたるが、狙いは「機会の拡大」と「最低限の生活保障」を制度として具体化する点にあった。主要領域は次のように整理できる。
- 貧困対策と所得・雇用支援
- 医療保険と社会保障の拡充
- 公民権の法的保障と政治参加の拡大
- 教育投資と文化基盤の整備
- 都市・住宅政策、環境・消費者保護の強化
貧困対策と社会保障
貧困対策では、職業訓練、就労機会の拡大、地域コミュニティの支援などが重視され、貧困の再生産を断ち切るために教育・保健・福祉を束ねて扱う発想が強まった。医療分野では高齢者向けのメディケアなど公的医療保険が整備され、医療費負担が家計を圧迫する構造に制度面から対応した。これらは短期的な救済にとどまらず、生活上のリスクを社会全体で引き受ける仕組みとして位置付けられた。
公民権と政治参加
差別撤廃の制度化は政策群の中核であり、雇用・公共施設などにおける差別を禁じる公民権法の成立は象徴的である。さらに、投票における障壁を取り除く投票権法によって、政治参加の権利が法的に強化され、州レベルの慣行によって抑制されてきた参政権の回復が進んだ。これらは「機会」の概念を抽象理念から実効的権利へ転換する役割を果たした。
教育と文化政策
教育は格差是正の手段として重視され、初等・中等教育への財政支援、大学進学機会の拡大、奨学制度の整備などが進められた。教育投資は貧困対策と結び付けられ、家庭環境に左右されやすい学習条件の改善が政策課題となった。また文化政策では、芸術・人文への支援や公共的な学習資源の整備を通じて、経済指標だけでは測れない社会の豊かさを支える発想が提示された。
都市・住宅・環境
都市政策では、住宅供給、再開発、地域サービスの充実などを通じて、急速な都市化がもたらした住環境の悪化に対応した。行政組織の整備とともに、自治体・地域団体との連携を図りながら、貧困の集中やインフラ不足を緩和することが目指された。さらに環境面では、公害や自然保護への関心が高まり、連邦政府が規制や保全を担う領域が拡大した点も、当時の政策潮流を特徴付ける。
財政運営と政治過程
改革の推進には、議会内の多数派形成と政権の指導力が重要だった。ジョンソン政権は、議会手続や委員会政治の力学を踏まえつつ、法案を連続的に成立させ、制度を一気に積み上げた。他方で、複数領域を同時に拡張したため、予算配分や行政能力の面で調整課題が生じやすく、政策実施の現場では州・自治体の体制差や運用のばらつきも論点となった。
評価と批判
偉大な社会は、医療保険や社会政策の制度化、公民権の法的保障など、後の米国社会に長期的な影響を残した一方で、行政の肥大化、財政負担、政策効果の測定の難しさといった批判も受けた。また、同時期に拡大した対外関与、とりわけベトナム戦争の戦費増大は、国内改革の継続性や政治的支持の維持に影を落とし、社会統合をめぐる対立が強まる要因ともなった。結果として、理念と現実の距離、制度の定着と社会問題の複雑さが併存する形で語られるようになった。
歴史的意義
偉大な社会の意義は、連邦政府が福祉・権利・生活環境の領域へ体系的に関与し、政策課題の射程を拡張した点にある。公民権の制度化は民主政治の基盤を更新し、医療・教育・都市政策は「機会の保障」を具体的な制度として定着させた。こうした政策遺産は、その後の政治的対立を伴いながらも、米国の社会政策の基準線を形作る要素として位置付けられている。