上海|中国近代化を象徴する港湾都市

上海

上海中国東部、長江河口のデルタ地帯に位置する大都市であり、世界有数の港湾都市・金融都市として知られる。もとは小さな港町にすぎなかったが、近代以降の国際貿易の拡大とともに急速に発展し、現在では政治・経済・文化の各分野で大きな影響力を持つグローバル都市となっている。

地理的条件と都市構造

上海は東シナ海に面し、肥沃な華東平原と水運に恵まれたデルタ地帯に位置する。温暖湿潤な気候と背後に広がる農業地帯は、古くから物資集散地としての機能を支えてきた。市街地は黄浦江をはさんで旧来の市街が広がる「浦西」と、新たな金融街や高層ビル群が林立する「浦東」とに大きく区分され、歴史的街路と近代的ビル群が並存する都市景観を形成している。

伝統的な港町から通商港へ

上海周辺では、明清期以来、綿織物や塩の取引を基盤とする地域市場が発達していたが、その規模は地域的なものにとどまっていた。転機となったのは19世紀前半のアヘン戦争であり、戦後に締結された南京条約によって上海は条約港として開港した。これにより外国船が自由に出入りできる通商港となり、欧米との貿易拠点としての役割を担うようになった。

租界の成立と半植民地都市

上海開港後、イギリス・アメリカ・フランスなど列強は市内に租界を設け、治外法権や関税自主権の制限など不平等条約体制のもとで特権的地位を占めた。海岸通りの外灘には欧米風の銀行や商館が建ち並び、香港を割譲させた香港島の割譲と同様、列強の対中進出を象徴する景観が形成された。他方で中国人商人も租界を利用して金融・運輸・出版などの近代的事業を展開し、民族資本の拠点としての性格も強めていった。

近代中国の政治・文化の中心

20世紀に入ると、上海は近代中国の政治運動・労働運動の重要な舞台となった。辛亥革命後には国民党勢力の拠点の一つとなり、同時に地下活動を行う中国共産党も勢力を伸ばした。外国資本と中国人資本が混在する都市経済は労働者階級を形成し、ストライキやデモが頻発した。また映画・音楽・文学・広告など大衆文化が花開き、「上海モダン」と呼ばれる都市文化が形成され、中国各地に新しいライフスタイルや価値観を拡散させた。

社会主義体制下と改革開放後の発展

  • 1949年に中華人民共和国が成立すると、上海は社会主義体制下で国家主導の工業都市として再編され、重工業や機械工業が集積した。

  • 1970年代末以降、改革開放政策が進むと、浦東地区の再開発を中心に外国資本の導入が推し進められ、証券取引所や金融機関が集中する国際金融センターとして再び脚光を浴びるようになった。歴史的建造物が残る外灘や旧市街と、高層ビル群がそびえる新都心が隣り合う景観は、近代以降の激しい変化を経験してきた上海の歩みを象徴している。