上座部仏教
インド古代の部派分裂に淵源をもつ上座部仏教は、長老(Sthavira)の系譜を重んじる伝統である。パーリ語を正典の言語とし、三蔵(ティピタカ)を典拠として戒律・教理・実践を体系化した。スリランカに伝来して確立し、のちに東南アジアへ広がり、現在はタイ・ミャンマー・ラオス・カンボジア・スリランカを主要基盤とする。悟りの理想として阿羅漢を掲げ、出家僧団(サンガ)を仏教共同体の中心に据える点に特色がある。輪廻からの解脱を目指し、四諦と八正道、縁起と三法印に基づく修行を重視する。
歴史的展開
上座部仏教の起源は、釈尊入滅後の教団運営と戒律解釈をめぐる議論にさかのぼる。部派分裂の過程で長老側の伝承がスリランカに伝わり、パーリ三蔵の編集・継承が進んだ。古代から中世にかけて島内の王権保護を受け、仏塔や僧院が整備された。その後、交易と政治ネットワークに伴い本土東南アジアへ展開し、各地域の言語・風土に適応しつつも戒律中心の性格を保ち続けた。イスラーム勢力の台頭や各地の戦乱により挫折もあったが、近代には再興運動が起こり、在家教育や出版事業が進んだ。
教典と教理
パーリ三蔵は、律蔵(Vinaya)、経蔵(Sutta)、論蔵(Abhidhamma)から成る。律蔵は僧団の規範を規定し、経蔵は釈尊の説示を多様な文体で伝え、論蔵は法の分析と体系化を担う。教理の中核は四諦(苦・集・滅・道)であり、八正道の実践が解脱への具体的道筋とされる。さらに諸行無常・諸法無我・涅槃寂静という三法印、十二支縁起による存在理解が、苦の生成と止滅の論理を支える。阿羅漢果の達成は煩悩の完全な滅尽を意味し、生存における苦の連鎖を断つ境地と説かれる。
修行体系と瞑想
上座部仏教の修行は戒・定・慧の三学にまとめられる。戒は倫理規範として身口意の制御を促し、定は心を統一して散乱を鎮め、慧は対象を如実に観る洞察を育む。実践では止(サマタ)と観(ヴィパッサナー)が相補し、心の安定から現象の無常・苦・無我を観察する。僧院では出家者が日課として読誦と禅観を行い、在家信者は布施・持戒・冥想会参加を通じて功徳を培う。戒律の厳守は共同体の信頼を支える基盤であり、宗教儀礼は地域文化と結びつき年中行事として定着している。
僧団と在家の関係
サンガは学習と修行の中心であり、戒律に基づく生活によって教えの存続を担う。在家は布施(ダーナ)によって僧団を支え、僧は説法と指導で還報する相互扶助の構造が長期安定を生む。受戒や供養、祖先供養や節祭では地域社会が僧院に集い、教育・医療・福祉での社会貢献も歴史的に重要であった。王権が保護し正統を維持する一方、地方共同体は寺院を公共空間として活用し、文化記憶の継承装置として機能させてきた。
地域的特色
スリランカではシンハラ語圏の学僧が注釈文献を整え、聖遺物崇敬と仏塔信仰が広がった。本土東南アジアでは、タイやミャンマーを中心に戒律研究と瞑想伝統が発達し、寺院建築・壁画・仏像表現に地域美術が反映する。各地で僧院は教育の拠点となり文字文化の普及に寄与した。近代以降は印刷と教育改革により在家への教理普及が進み、都市化の中で寺院の社会的役割が再定義されている。
美術・儀礼・聖地
仏塔への巡礼、仏像への礼拝、誦経・燈明・供花などの儀礼は信仰生活の核である。仏像表現は静謐な相貌と均整を志向し、説法印や禅定印など手印が教理を象徴する。聖地巡礼は地域の歴史と結びつき、寺院空間は教育と共同体形成の場を兼ねる。美術は信仰の可視化であると同時に、教理を体感させる装置として機能してきた。
思想史上の位置づけ
上座部仏教は、釈尊の言行の保存と実践の継続に重きを置き、出家者の規範を軸に伝統を守る。阿羅漢の理想を堅持しつつ、在家にも五戒の遵守と布施・冥想の実践を促す。テキスト批判と注釈学は学問的基盤を与え、瞑想伝統は体験的理解を確保する。こうして教理・戒律・修行が三位一体となり、地域社会の倫理と文化に深く浸透してきたのである。