ロマ
ロマはヨーロッパを中心に広く居住する少数民族で、移動と定住を組み合わせながら生計を立ててきた歴史をもつ。言語・宗教・生活様式は一様ではなく、多様な共同体が重なり合う点に特徴がある。他方で近代以降、周縁化と迫害が繰り返され、今日も貧困や教育格差、偏見の問題が続く。
名称とアイデンティティ
ロマは「ロマニ」と総称されることが多いが、地域により自称や下位集団名が異なる。外部から付与された呼称は固定観念と結びつき、差別の再生産につながりやすい。研究や行政では、単一の「民族像」を前提にせず、当事者の自己認識と生活実態に即して把握することが求められる。
起源と移動の歴史
ロマの起源はインド亜大陸にあるという見解が有力で、言語学的にもロマニ語にインド系の要素が多い。中世以降、バルカンを経て中欧・西欧へ広がり、一部はオスマン帝国圏にも長く関わった。移動は無目的な放浪ではなく、戦乱や税制、雇用機会の変動に対応する生活戦略でもあった。
社会構造と文化
ロマの共同体は親族関係を軸に編成されることが多く、婚姻規範や相互扶助が生活の基盤となる。宗教は居住地の多数派宗教を受容する例が多いが、儀礼や禁忌、音楽・舞踊などに独自の伝統が残る。文化は周囲の社会との接触のなかで更新され、固定化されたイメージだけでは捉えられない。
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言語: ロマニ語は方言差が大きく、世代や地域で使用域が変化する。
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生業: 芸能や職人仕事、季節労働などを通じて地域経済に関わってきた。
近代国家と周縁化
戸籍・国境管理の整備は移動生活を「逸脱」と見なしやすくし、強制定住や就業統制などの同化政策が進んだ。こうした政策は貧困と排除を深め、教育や医療へのアクセス不足を固定化させた。ロマの問題は、個人の「生活習慣」ではなく、社会制度と偏見の相互作用として理解する必要がある。
第二次世界大戦と迫害
ナチス体制下ではロマが人種主義的政策の標的となり、多数が収容所へ送られた。戦後の補償や記憶の継承は地域差が大きく、長く沈黙を強いられた経験も少なくない。歴史研究ではナチス支配の暴力を再検討するうえで、ホロコーストの枠組みにロマの被害を位置付け直す作業が進められている。
戦後の権利運動と現代的課題
戦後、国際機関や市民社会でロマの権利をめぐる議論が進み、差別撤廃や教育・住環境の改善を求める運動が展開された。EU域内の移動は機会を広げた一方、移民政策や治安対策と結びついた排除が起こり、強制退去などの摩擦も生んだ。政策は「福祉」だけでなく、当事者参加と自己決定を軸に設計されることが重要である。
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教育: 分離教育の是正と、学習支援・就学継続の仕組みづくり。
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居住と雇用: 住宅政策と雇用機会の拡大を連動させ、排除の連鎖を断つ。
研究・表象をめぐる論点
ロマを「神秘的」「犯罪的」といった定型で語る表象は、報道や政策判断を歪めてきた。近年は当事者研究者やアーカイブの整備により、生活史・地域史に根差した実証が蓄積されている。民族と国家の境界管理、そして多数派社会の規範が周縁化を生む仕組みを検討することは、現代ヨーロッパの社会統合を理解する手掛かりともなる。