マー=ワラー=アンナフル
マー=ワラー=アンナフルは、アラビア語で「川の向こう側」を意味し、一般にオクサス川(現代のAmu Darya)とヤクサルテス川(Syr Darya)に挟まれた地域、すなわち古代ソグディアナから後世のトランスオクシアナ(Transoxiana)に相当する歴史地理区分である。中心都市はSamarkandとBukharaで、オアシス都市と草原地帯が接する交通の要衝として発展した。シルクロード交易、ソグド商人の活動、イスラームの受容、テュルク化、モンゴル・ティムール期の都市文化など、多層的な歴史変動が折り重なる地域である。
名称と範囲
語源はアラビア語の「mā warāʾ al-nahr」で、ホラーサーンの側から見て「川(Amu Darya)の彼方」を指す。ペルシア語圏ではMāvarāʾ al-Nahrと表記され、ヨーロッパ近代史学ではTransoxianaと呼ばれる。地理的にはAmu DaryaとSyr Daryaに囲まれた沖積扇状地とオアシス帯を主とし、東西南北に開く峠道・回廊を通じてイラン高原、タリム盆地、ステップ地帯と結ばれた。
自然環境と都市景観
高山からの雪解け水による灌漑網が発達し、綿花・小麦・果樹の栽培が可能であった。オアシスに築かれたSamarkandやBukharaは城壁、スーク(市)、キャラバンサライ、モスクやマドラサを備え、イスラーム都市の典型相を示した。周縁の草原では遊牧勢力が力を保持し、都市と草原の相互依存が政治秩序に影響した。
古代からソグディアナ期
アケメネス朝の影響下に入ったのち、アレクサンドロス遠征とギリシア系政権を経て、ソグド人の都市文化が隆盛した。ソグド商人は東西交易の仲介者として活躍し、絹や香料、金属器、紙などを運搬しながら各地にディアスポラを形成した。ソグド語文書と粘土板、壁画は、宗教的寛容と交易志向の都市社会を物語る。
イスラーム征服と唐の関与
7〜8世紀、ウマイヤ朝の将軍Qutayba ibn Muslimが段階的に征服を進め、地方都市との保護・租税関係を再編した。他方、唐王朝の影響もなお強く、外交・軍事・経済の三面で綱引きが続いた。751年のTalas河畔の戦いは象徴的事件であり、唐の中原回帰とイスラーム勢力の定着が重なって地域秩序は転換期を迎えた。
サーマーン朝とペルシア文化の成熟
9〜10世紀に台頭したサーマーン朝はBukharaを中心に行政・学芸を保護し、新ペルシア語(ペルシア語のアラビア文字表記)の文学的確立に寄与した。詩人Rūdakīらが宮廷文化を彩り、イスラーム神学・法学・歴史学がアラビア語と並行して発達した。貨幣鋳造や市舶管理の整備は商業圏の安定をもたらし、宗教的にはスンナ派主流の下で法学派が根づいた。
テュルク化と王朝交替
10〜11世紀にはカラハン朝が進出し、テュルク系勢力の影響が強まった。続くセルジューク朝は広域帝国として道路網・隊商保護を整備し、学術都市としての性格を拡大した。都市住民のイラン系言語と遊牧勢力のテュルク語が共存し、軍事・行政・文化で多言語・多民族的な重層社会が形成された。
モンゴル征服とティムール期
13世紀初頭、モンゴル軍の征服は都市に甚大な破壊を与えたが、やがて再建が進み、14〜15世紀のティムール朝はSamarkandを首都として壮麗な建築と学芸保護を推進した。天文学者Ulugh Begのマドラサと天文台は、数学・天文研究の拠点となり、青釉タイルに彩られた建築群は都市景観を象徴づけた。
近世以降とロシア帝国の編入
近世にはウズベク諸政権(ブハラ、ヒヴァ、コーカンド)が割拠し、綿花を中心とするオアシス経済が続いた。19世紀後半、ロシア帝国の進出によりトルキスタン総督府の支配が確立し、交通・行政・教育制度が再編された。20世紀のソ連期を経て、現代では主としてUzbekistanとTajikistanの国土に当たる。
交易ネットワークと経済
- 東西交易:絹・紙・香料・宝石・金属器が中継され、関税・市税が都市財政を支えた。
- 灌漑農業:運河・堰の維持が生産力の鍵であり、年貢・地租体系と直結した。
- 職人ギルド:織物・染色・製革・金工が発達し、都市の社会組織を形成した。
宗教・学術と社会構造
ゾロアスター教や仏教、マニ教、キリスト教東方教会の痕跡が早期層に見られるが、イスラーム受容後はモスクとマドラサが知的生産の中心となった。聖者廟(マザール)を核とする信仰圏は都市・農村の結節点となり、法学者(ウラマー)と商人層が市政や慈善事業に関与した。
言語・文学・書記文化
ソグド語から新ペルシア語、テュルク語群、アラビア語が交錯し、碑文・写本・貨幣銘文は多言語的である。詩と歴史叙述は宮廷保護の下で洗練され、写本装飾と書法が発達した。紙の普及は文書行政と商業記録を支え、都市の学術的記憶装置として機能した。
歴史学上の意義
マー=ワラー=アンナフルは、東西流通の結節とオアシス・草原の接点として、国家・宗教・言語・経済の重層的変容を観察できる希有な事例である。唐・イスラーム・テュルク・モンゴル・イランの諸要素が交錯し、政権交替のたびに都市システムと知の制度が更新された。考古学・文書学・建築史・水利史を横断する研究によって、内陸アジアのダイナミズムが立体的に復元されるのである。