ヒエロニムス|ラテン教父 聖書翻訳者

ヒエロニムス

ヒエロニムス(Eusebius Hieronymus, 347頃-420)は、古代末期を代表するラテン教父であり、聖書のラテン語標準訳「Vulgate」を編纂した学者である。ダマスス1世の要請で既存の「Old Latin」を校訂し、さらにヘブライ語原典から旧約を訳し直すことで西方キリスト教の聖書観を決定づけた。語学力、注解書、膨大な書簡、禁欲主義の擁護、論争的文体で知られ、後世の修道文化や聖書学、典礼に長期の影響を与えた。一般には「聖ジェローム」とも呼ばれ、ライオンを従えた修道士として図像化されることが多い。

生涯

ヒエロニムスはパンノニアとダルマチアの境域とされるストリドンの出身である。ローマで修辞・文法を学び、洗礼後は東方で隠遁生活を経験した。のちローマで教皇ダマスス1世の秘書役を務め聖書校訂を開始し、ダマススの没後はパウラやエウストキウムらとベツレヘムに修道共同体を築いた。420年に没し、その遺産は西方教会の学問的規範となった。

語学と学識

ヒエロニムスはLatin・Greek・Hebrewに通じ、ユダヤの学者にも師事した。彼は聖書理解において原典言語の精査を重視し、文法・語源・地理・歴史の知見を総合して注解を加えた。古典教養に裏打ちされたこの方法は、西方における聖書学の基礎を整えたのである。

Vulgateの編纂

ヒエロニムスはまず福音書の「Old Latin」をGreek写本に照らして校訂し、その後は旧約をHebrewから訳した。しばしば「ヘブライ語の真理」(Hebraica veritas)と呼ぶ立場を提示し、SeptuagintとHebrew本文の差異を注記した。Vulgateは長期にわたり西欧の標準聖書となり、中世神学・講解・説教・写本文化を規定した。

主要著作と書簡

ヒエロニムスの注解は預言書からパウロ書簡に及び、人物伝集『著名人列伝(De viris illustribus)』はラテン教会知識人のカタログとして価値が高い。書簡は修道生活の規範や聖書理解、霊性指導を含み、女性修道者への助言も多い。論争的著作ではHelvidiusやJovinianへの反駁が知られ、マリアの終生童貞や禁欲の優越を擁護した。

禁欲主義と修道生活

ヒエロニムスは禁欲を霊的完成の道と捉え、断食・読書・祈りを核とする規律を説いた。ベツレヘムの共同体では聖書朗読と写本、慈善を結び、都市と砂漠の霊性を接続した。彼の理想は西方修道制の精神的輪郭を描き、後代の規則や講話に影響した。

論争と人格像

ヒエロニムスは辛辣な文体で知られ、Origen主義やPelagius問題、Rufinusとの軋轢など多くの論争に関与した。厳格な禁欲と鋭い批判精神は賞賛と反発を同時に招いたが、彼の論争は正統教義の境界画定に寄与した側面も持つ。

受容と影響

中世西欧においてVulgateは講解・神学・典礼の共通基盤となり、校訂と装飾を通して写本文化を豊かにした。トリエント公会議以後もラテン典礼圏で権威を保ち、近代の批判的聖書学の成立後も標準訳として参照された。人文主義者や宗教改革期の学者は、原典主義と文献批判の原則をヒエロニムスに見いだした。

方法論:原典主義と注解の技法

  • 本文鑑識:複数写本の比較により語形・句読を吟味する。

  • 語源学:HebrewとGreekの語源対照で神学用語のニュアンスを特定する。

  • 歴史地理:地名・風俗の注解で記述の実在性を補強する。

  • 教理整合:公会議決定と先行教父の見解を照合する。

典礼と図像

ヒエロニムスの記念日は9月30日である。図像では書斎の学者、荒野の修行者、あるいは赤帽の枢機卿風の姿(厳密には時代錯誤)で表され、傍らにライオンが描かれることが多い。これは慈愛と知恵、禁欲の象徴として理解された。

名称と表記

日本語ではヒエロニムス、英語ではJerome、ラテン語ではHieronymusと表記される。「聖ジェローム」は敬称を伴う呼称であり、学術文献ではHieronymusの形が一般的である。

学術的評価

ヒエロニムスの作業は近代的校訂学の萌芽として評価される一方、語源推定の大胆さや論争文の感情的表現は批判対象にもなる。それでも原典重視・註解の体系化・修道文化の構築という三点で、彼は西方キリスト教の知的基盤を形成した中心的人物である。