パーリヤ
パーリヤとは、南インドのタミル語「paraiyar(太鼓奏者の人びと)」に由来する語で、近代以降に欧語の「pariah」を経由して日本語でも用いられるようになった呼称である。一般にはヒンドゥー社会の四ヴァルナの外部に置かれ、伝統的に「不可触」とされた人びとを指し示す言葉として広まった。ただし、現代インドでは自己呼称としての「ダリット(Dalit)」がより適切とされ、学術的・歴史的文脈でのみパーリヤが説明用語として用いられる傾向が強い。語は地域差を含み、南インドの特定共同体を指す用法と、広く不可触視された諸集団を総称する用法が錯綜してきた点に注意を要する。
定義と語源
語源はタミル語の「parai(板太鼓)」に由来し、王権・村落儀礼で太鼓を鳴らす職掌に従事した集団に対する呼称が拡張したとされる。欧人宣教師・植民地官僚の記録で「pariah」が一般化し、日本語資料でもパーリヤの表記が定着した。なお、当初は南インドの固有社会区分を示す意味合いが強く、後に「不可触民」一般の同義語のように使われた経緯がある。
ヴァルナとジャーティの位置づけ
四ヴァルナ(バラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャ・シュードラ)の外部(アヴァルナ)と捉えられ、実態としては地域的なジャーティ(世襲的職分集団)の複合体である。伝統的に皮革加工や清掃、屠場や葬送、楽師・告知役など「儀礼的純不純」の序列で不利とみなされる職掌に従事することが多く、接触や食事・水の共有を忌避される「不可触」の慣行が各地で観察された。ただし、この構造は地域・宗派・時代ごとに差異を示し、ガンジス流域やパンジャーブなど北インドと南インドでは様相が大きく異なる。
歴史的展開
中世南インドの碑文・法文書には、寺院サービスや農村秩序に組み込まれた被差別ジャーティの記載が見える。バクティ運動の広がりは宗教的平等を説いたが、寺院空間・水場・街路における通行や参入の制限は長く残存した。近世以降、ムガル政権や地域王権の下でも制度的固定化と局地的緩和が交錯し、近代初頭には欧人の民族誌・行政報告がパーリヤ像を定着させていく。
植民地期の再編と言説
英領期には「Depressed Classes」やのちの「Scheduled Castes(SC)」という行政分類が導入され、教育・雇用での補助や代表権の設計が議論された。宣教師は学校・衛生・改宗の運動を展開し、統計・国勢調査は被差別集団を数値化して把握した。こうした行政言説は、実態の可視化と同時に固定的イメージの再生産ももたらした。
ガンジーとアンベードカル
20世紀前半、ガンジーは被差別民を「Harijan」と呼び社会的融和を唱えたのに対し、B.R.アンベードカルは制度改革と法的権利確立を主張し、1932年の「Poona Pact」は選挙制度を巡る折衝の帰結となった。独立後は1950年憲法の第17条が「不可触」の慣行を法的に廃止し、予約制度(アファーマティブ・アクション)がSCに適用されたが、社会的差別と暴力は根強く、都市・農村で様態を変えつつ残存した。
現代の法制度と社会変化
憲法・教育・雇用での留保、差別犯罪を罰する特別法(例:1989年法)などの枠組みが整備され、都市化・移動の拡大は就業機会と政治的可視性を高めた。ダリット文学や市民運動、寺院参入の訴訟、手作業下水処理の撤廃運動など、文化と法の両面で変化が進む。他方で、地域政党や身分政治、土地・債務・教育格差は深刻で、統計の改善と当事者運動の持続が課題である。
思想史的用法
欧語の「pariah」は一般に「社会的のけ者」を指す比喩として広がり、学説上も「パリア的民族(Pariavölker)」という概念が論じられた。だが、比喩としての拡張は南アジア史の具体的文脈を曖昧化しかねない。日本語でパーリヤを用いる際は、歴史用語(南インド起源)・行政分類(SC)・自己呼称(ダリット)の区別を明記するのが望ましい。
地域差と宗教
南北インド間だけでなく、シク教圏、イスラーム共同体、キリスト教徒の内部にも被差別層が存在し、宗教改宗が必ずしも差別の即時解消を意味しない事例が多い。村落共同体の慣行、土地関係、職分の世襲、儀礼空間の配列などが複合して差別を再生産した点は、ヴァルナ制だけでは説明し尽くせない。
関連する概念と用語の整理
- 「不可触」:食事・水・接触・影・通行などに関する儀礼的忌避の慣行。
- 「ジャーティ」:地域的・職分的な世襲集団。四ヴァルナとの一致は限定的。
- 「ダリット」:近現代の自己呼称。政治・文化運動と連動する。
- 「SC/ST」:行政上の分類(Scheduled Castes/Scheduled Tribes)。
- 「祭祀職能」:太鼓・告知役・寺院奉仕などの歴史的役割。
史料上の注意
宣教師記録・行政報告・民族誌・法令・文学証言のいずれも偏りを含む。統計は可視化の力を持つ一方、固定観念の強化を伴い得る。歴史叙述では一次史料の地域性、年代、作成主体の利害を明示し、現代の自己表象や当事者研究を併置して読む態度が重要である。
内部参照(同分野)
関連項目として、古代インド社会の枠組みであるヴァルナ制、四身分の構成であるバラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャ・シュードラ、宗教・文化背景に関わるリグ=ヴェーダ、地理・交通の要衝としてのガンジス川やカイバル峠などが挙げられる。これらの項目はパーリヤの歴史的理解を補完する。