ハリジャン
ハリジャンとは、インド社会において伝統的に「不可触民」とされた人びとに対して、マハトマ・ガンディーが用いた呼称である。「神の子どもたち」という意味を込めた語であり、差別的な身分に置かれた人びとに尊厳を与えようとする意図から提唱された。しかし、後には当事者や社会運動家から批判を受け、現在では一般に望ましい呼称とはみなされていない歴史的概念である。
語源と宗教的意味
ハリジャンという語は、ガンディーの母語であるグジャラート語やサンスクリット語に由来し、「ハリ(ヴィシュヌ神)に属する者」「神の子ら」という宗教的な意味をもつとされる。ガンディーは、ヒンドゥー教社会における儀礼的な「不浄」観念を否定し、もっとも蔑まれてきた人びとこそ神に近い存在であると強調することで、差別意識の転換をはかろうとしたのである。
カースト制と不可触民の歴史的背景
ハリジャンという呼称は、インドのカースト制の最下層に位置づけられてきた集団をめぐる歴史と切り離せない。伝統的なヴァルナ秩序の外側に置かれた不可触民は、死体処理、皮革加工、清掃など「不浄」とみなされる職業を担わされ、居住区や井戸の利用、寺院への立ち入りに至るまで厳しい差別を受けてきた。植民地期インドでもこうした社会構造は大きく残存し、制度改革だけでは差別が容易に解消されなかったため、言葉の面から尊厳を回復しようとする試みの一つとしてハリジャンが提示されたのである。
ガンディーによる用法と社会改革
マハトマ・ガンディーは、非暴力の社会改革運動を進めるなかで、不可触民の保護と地位向上を重要な課題と位置づけた。彼は自身の演説や著作、週刊誌「Harijan」などを通じて、この呼称を広め、上位カーストに対して差別慣行の放棄と共同体内での連帯を訴えた。また、寺院や公共施設を不可触民に開放させる運動を行い、宗教的価値観を利用して差別撤廃を説得しようとした点にハリジャン用語の特徴が見られる。
宗教的理想と限界
ガンディーが掲げたハリジャンという理想像は、被差別民を「神の子」として尊重すべき存在と位置づける点で、人間の平等を宗教的倫理から導き出そうとする試みであった。しかし同時に、この発想は既存のカースト秩序そのものを直ちに否定するのではなく、道徳的浄化によって差別を和らげようとするものであり、構造的な支配関係を温存し得るとの批判も後に提起されることになる。
アンベードカルの批判とダリット概念
不可触民出身の法学者・政治家として知られるB.R.アンベードカルは、ガンディーの用いたハリジャンという呼称に強い違和感を示した。彼にとってこの語は、上位カースト側から与えられる慈善的な名称であり、被差別民を自立した主体ではなく、哀れみや保護の対象として扱うニュアンスを含んでいたからである。アンベードカルは、抑圧されてきた人びとが自らを「ダリット(押しつぶされた者)」と呼び、差別構造と闘う主体として自己規定することを重視した。
自己呼称としてのダリット
「ダリット」は、被差別民による自己呼称として20世紀後半に広く用いられるようになり、政治運動や文学、学術研究の分野でも定着した。これは、上から与えられたハリジャンという名ではなく、自らの経験と闘争を反映した名称を選び取る過程であり、インドの社会運動史において重要な意味をもつ転換である。
インド独立後の法制度と用語の位置づけ
1947年の独立と1950年の憲法制定後、インド国家は不可触民差別を正式に違法とし、「指定カースト(Scheduled Castes)」という行政上の分類を採用した。憲法第17条は不可触民慣行を禁止し、のちに制定された特別法は差別行為に刑事罰を科す枠組みを整備した。こうした法制度の下で、行政文書や統計ではハリジャンではなく「Scheduled Castes」が用いられ、教育・雇用・政治代表の分野で留保制度(クォータ)が設けられている。
- 不可触民慣行の憲法上の禁止と刑事罰の導入
- 「指定カースト」に対する教育・公務員採用枠の設定
- 地方議会や国会における議席留保による政治参加の拡大
現代インド社会における評価と用法
現代インドにおいて、ハリジャンという呼称はしばしば時代遅れ、あるいは差別的とみなされる。多くの社会運動家やNGO、知識人は、この語が上位カーストの視点を反映し、被差別民の経験や自己理解を十分に表現していないと指摘し、使用を避けている。一方、地方社会や年長世代のなかでは慣習的に用いられる場合もあり、地域や文脈によって語の評価には揺らぎが存在する。
メディア・学術における扱い
新聞報道や学術研究では、ハリジャンという語はもっぱら歴史的用語として用いられ、引用符を付してガンディーの語法を説明する形で登場することが多い。現在の被差別民を指す場合には、「ダリット」または「Scheduled Castes」が一般的であり、差別の実態や運動の文脈を踏まえて用語を選択することが求められている。このように、ハリジャンという概念は、インドのカースト問題と社会改革の歴史を考えるうえで不可欠である一方、その呼称自体の是非が議論の対象となってきた用語である。
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