ドヴァーラヴァティー王国|チャオプラヤ流域の都市連合

ドヴァーラヴァティー王国

ドヴァーラヴァティー王国は、6~11世紀頃のチャオプラヤー川流域(現在の中部タイ)で栄えたモン系の古代国家である。インド化の波を背景に仏教を中心とする宗教文化と都市文明が発展し、城壁と環濠をめぐらせた環状都市、法輪(ダルマチャクラ)意匠の石造物、パーリ語・モン語・サンスクリット語の碑文などで知られる。ナコーン・パトム、ウートーン、ラヴォ(ロッブリー)などが主要拠点とみなされ、内陸水路と海上交易を結節する中継地として東南アジアの広域交流に参加した。10~11世紀以降、クメール勢力の浸透や地域政治地図の変動を受けて次第に解体・吸収されつつも、その美術様式と仏教文化は後世に強い影響を与えた。

成立と時代背景

東南アジア本土では、扶南や真臘の経験が示すように、インド思想・制度の受容と在地社会の融合によって初期国家が形成された。ドヴァーラヴァティー王国もその一端を担い、稲作生産力の増大、河川交通の発達、外来交易の活性化を基盤に台頭した。モン系集団は早くから上座部仏教やブラーフマナ的儀礼を受け入れ、在地神霊信仰と折衷しつつ王権の正統性を演出した。

政治構造と都市計画

同王国は単一君主による集権王朝というより、複数の城塞都市が緩やかに結合したネットワーク体(マンダラ的秩序)として理解されることが多い。都市は同心円状の環濠・土塁を備え、方位を意識した伽藍配置や街路計画が確認される。境界石(セーマー)や寺院基壇の出土、銘文に見える施主名は、僧院と在地エリートの協働を示唆し、宗教共同体が政治統合の要となったことを物語る。

宗教と文化

宗教面では上座部仏教が中核であるが、大乗仏教やヒンドゥーの要素も共存した。美術は穏やかな面相と写実的肉付けをもつ仏像、半球状ストゥーパ、スタッコ装飾、素焼小仏や経典断簡で特徴づけられる。とりわけ石造の法輪と支柱は王法と仏法の調和を象徴する代表遺物で、これを刻んだ銀銭・銅銭も見つかっている。言語面ではパーリ語経典の流布が僧院教育を支え、モン語・サンスクリット語碑文が権威言語として機能した。

経済基盤と交易

稲作・塩・森林産物を土台に、チャオプラヤー水系を通じて内陸と海岸を結ぶ物流が発達した。外洋ではマレー半島の海上ルートを介してスリヴィジャヤ圏や南インド、さらには唐代中国とも交流したと考えられる。ガラス玉や半貴石、土器、銭貨、香料・薬材などの流入出は工芸と信仰具の生産を刺激し、都市間分業と市場圏の形成をうながした。

対外関係と地域秩序

ドヴァーラヴァティー王国は、北方・西方の山地民や盆地社会と結びつきながら、東方のクメール系政権や上座部仏教センターとも接した。ラヴォ(ロッブリー)やナコーン・パトムの名称・遺構は、地域ごとの政治核が相互に牽制しつつも文化的同質性を保ったことを示す。また後世のハリプンチャイ(ランプーン)やタイ系諸王朝に、仏教儀礼・書記文化・造形語彙の面で継承が認められる。

衰退と継承

10世紀以降、メコン流域からのクメール勢力拡張と平行し、平野部の都市は周辺大国の影響下に再編された。城壁都市のいくつかはクメール的建築に更新され、政治名称としてのドヴァーラヴァティー王国は視界から退くが、在地社会に根づいた上座部仏教とモン系文化は、スコータイ期やアユタヤ期の宗教・法制・工芸に生き続けた。美術史上の「ドヴァーラヴァティー様式」は、後代の造仏や伽藍配置を読み解く鍵である。

史料と研究史

研究は考古学・美術史・文献学の協働に依存する。環濠都市の航空写真・LIDAR調査、遺物の年輪・熱ルミネッセンス・放射性炭素年代、碑文学的読解、唐宋代史書の異名比定などにより、内実の再構成が進む。一方で、単一王国か都市連合か、年代幅の下限・上限、貨幣の機能(流通貨か儀礼具か)など、学界には見解の相違も残る。新出土のセーマーや法輪、地方寺院の発掘は、宗教権威と都市統治の交差を示す一次証拠として重要である。

語源と名称

名称はサンスクリットの「ドヴァーラヴァティー(多門・多くの門をもつの意)」に由来し、古代インドの神話都市名とも同語である。中国史料には音写名が見え、在地銘文には「シュリ・ドヴァーラヴァティー」など王権を飾る尊称が付される。インド西岸の聖地ドワールカと混同しないことが肝要である。

主要遺跡(例)

  • ナコーン・パトム:大塔周辺に碑文・仏教遺構が集中する古拠点。
  • ウートーン:周堀と城壁、工房跡や銭貨出土で知られる内陸都市。
  • ラヴォ(ロッブリー):後期にクメール的影響が濃くなる政治・宗教中心。
  • シー・テープ:環濠都市と祠堂群が共存し、様式変遷の指標となる。

代表的遺物・意匠

  • 法輪(ダルマチャクラ)石柱:王法と仏法の調和を象徴する標識。
  • セーマー石:戒場境界を示す宗教制度の物的証拠。
  • 素焼小仏・経典断簡:僧院教育と信仰実践の広がりを示す。
  • 銀銭・銅銭:信仰記号と銘文をもつ流通・儀礼両用の媒体。