トウガラシ|料理と交易を変えた辛味の香辛料

トウガラシ

トウガラシはナス科Solanaceae、トウガラシ属Capsicumに属する果実であり、メソアメリカから南米にかけての地域で家畜化された香辛料である。15世紀末のコロンブス交換以降、トウガラシはユーラシアとアフリカに急速に広がり、今日では世界中の食文化と農業に深く根づいている。果実は植物学的にはベリーであり、辛味成分カプサイシンの有無・濃度や形状・色・香りの差によって多様な品種群が成立している。

起源と分類

考古学と遺伝学の成果は、トウガラシが先史時代に複数回家畜化された可能性を示す。主要種はCapsicum annuumC. frutescensC. chinenseC. baccatumC. pubescensである。とりわけC. annuumは世界栽培の中核で、甘味種から激辛種まで幅広い変異を含む。開花生理、花粉媒介、自家・他家受粉の特性が品種固定や地域適応に影響する。

伝播と世界史

1492年以降、トウガラシはイベリア商人の航路に乗り、地中海圏から中東、インド洋世界、東南アジア、東アジアへと急拡散した。インドでは唐辛料体系に組み込まれ、オスマン帝国経由でバルカンやハンガリーに至り、パプリカ文化が形成された。中国では四川・湖南を中心に辛味の嗜好が強まり、朝鮮半島でも醗酵調味料との結合が進んだ。日本では16世紀末に伝来し、江戸期に薬味・保存食に広がった。

品種と辛味の化学

トウガラシの辛味はカプサイシノイド、とりわけカプサイシンに由来し、温度受容体TRPV1を活性化して灼熱感を生む。辛さの指標はScoville Heat Units (SHU)で表され、抽出物の希釈試験から化学分析へと測定法が発達した。辛味は種子ではなく胎座を中心に高く、乾燥・粉砕・加熱・油抽出などの加工で知覚が変わる。果形は細長・鷹爪型・ベル型など多様で、色も緑・赤・黄・橙・紫と豊かである。

  • 甘味種(ピーマン相当):0 SHU
  • カイエン:概ね3万〜5万 SHU
  • ハラペーニョ:概ね2千〜8千 SHU
  • ハバネロ:概ね10万〜35万 SHU

栄養と健康影響

トウガラシはビタミンCやプロビタミンA(βカロテン)を含み、抗酸化性に富む。適量摂取は食欲亢進やエネルギー代謝の一時的増加に寄与しうる一方、過量は消化器刺激となり得る。カプサイシンは外用剤として鎮痛に応用され、神経ペプチドの枯渇を介して疼痛を軽減する。辛味耐性は文化的学習と個人差に左右されるため、地域食文化に応じた食べ方が定着している。

栽培と農業

トウガラシは高温・長日を好む夏作で、霜と低温に弱い。排水良好で肥沃な土壌を望み、育苗・定植の段階管理が収量と品質を左右する。病害としては斑点細菌病やうどんこ病、ウイルス病が知られ、防除では抵抗性台木の活用、輪作、ハウス環境制御、天敵導入など総合的病害虫管理が重要である。自家不和合性や交雑可能性に留意し、採種・固定には隔離栽培や袋かけが用いられる。

食文化と利用

乾燥・焙煎・燻製・醗酵といった加工が、トウガラシの香味を多様化させる。粉末(チリパウダー、パプリカ)、フレーク、ペースト(ハリッサ、ゴチュジャン)、ソース(タバスコ系)、油(チリオイル)、酢漬・塩漬など形態は幅広い。辛味は塩味・酸味・旨味と相互作用し、料理の立体感や保存性を高める。また、辛味は嗅覚・味覚・痛覚の複合体験であり、香草や柑橘と組み合わせて清涼感を補う調理法が各地で洗練された。

  1. 乾燥粉末で下味を作り、油で香りを引き出す
  2. 酢・塩と合わせて卓上調味料にする
  3. 醗酵させて酸味・旨味を付与する

日本における受容

日本では南蛮交易を通じて伝わり、トウガラシは当初は薬種として扱われた。その後「南蛮胡椒」などの名で普及し、江戸期には七味文化が成立した。鷹の爪などの在来化品種が確立し、漬物・麺類・鍋物の薬味として不可欠となった。地域ごとに配合や辛味設計が異なり、長野や京都では味噌・麹や柚子皮との調和が追求されてきた。現代では加工食品や外食の辛味レンジ拡大が進む。

名称・語彙と誤解

日本語の「胡椒」は本来Piper nigrum(コショウ)を指すが、歴史的経緯からpepperの訳語として用いられ、トウガラシが「唐辛子」「南蛮胡椒」と呼ばれる場面がある。英語でもchilichilechilliなど表記が揺れ、Capsicumとの使い分けは地域差が大きい。分類・料理・貿易の文脈では、植物学名と加工名を区別して用語を整理するのが望ましい。