シノワズリ|東洋趣味が花開く18世紀の欧州

シノワズリ

シノワズリは、17〜18世紀のヨーロッパで流行した「中国趣味」を指す美術・装飾の傾向である。語源は仏語のchinoiserieで、東アジアのモチーフや技法を想像的に取り入れ、磁器・漆工・壁紙・家具・庭園建築など広範な領域に及んだ。しばしばロココ趣味と結びつき、屈曲したS字線、軽やかな曲面、幻想的な庭園や塔(パゴダ)、龍や鳳凰、異国衣装の人物像が繰り返し用いられた。実在の中国像というより、交易や宣教師の報告、旅行記、輸入工芸品に触発された想像上の「東洋」像として造形された点に特色がある。清朝宮廷との接触や、宮廷画家として活動したカスティリオーネ(中国名郎世寧)らの働きは、ヨーロッパ側の受容を一段と刺激した。

成立の背景

17世紀以降、オランダ・イギリス・フランスの東インド会社が中国茶・絹・磁器・漆器を大量に運び、宮廷から都市ブルジョワ層に至るまで東アジア製品が浸透した。宣教師の知識移入も重要で、清朝に仕えた湯若望(アダム=シャール、アダム=シャール)、フェルビーストブーヴェ白進らが天文測量・地図作成・画法などを伝えた。彼らの書簡や地図、工芸品見本は欧州の工房・出版業者に参照され、シノワズリの図案帳や版画集の素材となった。

主なモチーフと造形語彙

  • 建築的意匠:層塔(パゴダ)、曲線屋根、透かし彫り欄干、架空の庭園景観。
  • 動植物:龍・鳳凰・鶴・蝙蝠(吉祥)、牡丹・蓮・松竹梅などの吉祥花卉。
  • 人物像:異国衣装の学者や官人、庭園での遊楽・茶の作法・楽器演奏の場面。
  • 装飾パターン:雲気・雷文・唐草、左右非対称のロココ曲線と混融する構図。

媒体別の展開

シノワズリは、磁器(食器・置物)、漆工(キャビネット・屏風)、テキスタイル(ブロケード・更紗)、壁紙(紙本手彩色パノラマ)、金銀細工、時計外装、扇面、さらには庭園建築まで横断した。ヨーロッパの窯業は中国磁器を模倣しつつ独自化し、仙人風人物や空想の庭園図を器面に展開した。壁紙工房は大画面の連続図を制作し、室内全体を「異国の景」に作り替えた。

清朝宮廷との交渉と影響

康熙・雍正・乾隆期の清宮廷は、西洋画法の遠近・陰影・油彩技法に関心を示し、宮廷画家郎世寧カスティリオーネ)らが写実的な肖像・献上動植物図・祭礼図を制作した。乾隆帝期の離宮円明園には西洋式景観を取り入れた区画が造営され、東西の視覚様式が交差した。大規模測量にもとづく宮廷地図皇輿全覧図は、欧州に伝わると「中国知識」の信頼度を高め、シノワズリの想像力を半ば現実の情報で補強した。

ヨーロッパ各地での受容

フランスではロココ期の室内装飾と結び、王侯貴族の遊興空間を異国趣味で包んだ。イギリスではジョージアン期の茶文化と連動し、パゴダ型の庭園建築や中国風パヴィリオンが築かれた。ドイツ圏の磁器窯は人物・花鳥を緻密に描写し、イタリアでも装飾陶芸・家具彫刻が展開した。こうした地域差はあれど、いずれも輸入品と版画見本、図案帳の反復が造形語彙を共有化させた。

知識・情報の流通とイメージの形成

宣教師の報告や冊子体の地理書は、正確な観察と同時に読者の期待に応える奇観の叙述を併せ持った。さらに清朝の宗教政策や儀礼理解をめぐる論争も、ヨーロッパの想像を刺激した。例えば祖先祭祀の解釈をめぐる典礼問題や、通交・布教の制限に関連するキリスト教の布教禁止などの情報は断片的に伝わり、事実と幻想が混交する受容環境を生み出した。この混交こそがシノワズリの魅力と限界を同時に規定したのである。

図案制作と学知の支え

廷臣・宣教師・測量家の活動は、欧州の版画工房・工芸工房に具体素材を与えた。清宮廷で活動したブーヴェ白進は地理・天文分野の成果を残し、その図像は図案帳に再編集された。機械・天文器具で知られるフェルビースト、暦法改革に関わった湯若望らの知識移入も、東西の図像理解を立体化し、シノワズリを単なる模倣から「学知に裏付けられた異国趣味」へと押し上げた。

用語と表記

日本語の「中国趣味」は広義の東洋趣味を指す場合があるが、狭義のシノワズリは18世紀ヨーロッパの装飾潮流を示す専門用語である。英語・仏語の表記はそれぞれ chinoiserie で、現代では美術史・デザイン史・博物館学など複数領域で用いられる。