インディアスの破壊についての簡潔な報告
バルトロメ・デ・ラス=カサスの著作『インディアスの破壊についての簡潔な報告』は、スペイン帝国によるアメリカ先住民支配の暴力と惨禍を告発する文書である。エスパニョーラ島からメキシコ、ペルーに至るまでの征服と植民地化の過程で、どのように先住民社会が破壊され、多数の人命が失われたかを、目撃証言と聞き取りに基づき、強い道徳的非難と宗教的言葉を用いて描き出している。この報告は、当時のスペイン王権に対する改革要求であると同時に、後世にはヨーロッパ列強による植民地支配批判の古典として位置づけられている。
著者ラス=カサスと執筆の背景
ラス=カサスは、初期の西インド征服に参加したスペイン人でありながら、のちにドミニコ会士となって先住民の権利擁護を生涯の使命とした人物である。若い頃にはエスパニョーラ島でエンコミエンダを与えられ、他のコンキスタドールと同様に先住民労働に依存していたが、虐殺や過酷な労働、強制改宗を目の当たりにして宗教的良心の呵責を覚え、侵略と奴隷化を公然と批判する立場へと転じた。彼はスペイン本国に赴き、国王カール5世に先住民保護を訴えるための資料として『インディアスの破壊についての簡潔な報告』を執筆し、インディアス全域で行われている暴虐の実態をまとめ上げたのである。
報告書が描く暴力と破壊
報告書は、島ごと・地域ごとに章を分け、征服軍が先住民に対して行った殺戮と破壊の具体的な事例を列挙する。そこでは、村を包囲して無差別に斬り殺すこと、子どもを地面に叩きつけること、人々を犬にかみ殺させること、金銀採掘やプランテーションでの強制労働による飢餓と疲弊などが、克明で感情的な筆致で描かれている。報告に示される人口減少の数字は誇張を含むと考えられているが、戦争・暴力・強制労働とともに、欧州から持ち込まれた疫病が先住民社会を壊滅させたという大きな流れは、近年の研究ともおおむね一致する。こうした記述により、アステカ王国やインカ帝国の崩壊後、征服と植民地化がどれほど苛烈であったかが強調されている。
人口減少の主な要因
- 戦闘や虐殺など直接的な暴力
- 鉱山・農園での強制労働による過労と飢餓
- ヨーロッパからもたらされた天然痘などの疫病
アステカ・インカ征服との関連
報告書は、メキシコ征服で知られるコルテスや、ペルー征服を主導したピサロらの行動がもたらした結果にも言及し、アステカ社会やアンデス社会が受けた暴力を強い言葉で批判する。アステカ王国の崩壊過程については、のちに整理されるアステカ王国の滅亡の一側面として、テノチティトラン陥落後の虐殺や強制労働が描かれる。またペルーでは、インカ帝国の滅亡後に内戦と搾取が続き、先住民共同体が極度の負担を強いられたとされる。ラス=カサスは、これらの征服がキリスト教布教や文明化という名目とは裏腹に、実際には貪欲と名誉欲に動かされた破壊行為であったと批判した。
目的と提言―王権への訴え
『インディアスの破壊についての簡潔な報告』の第一の目的は、スペイン王カール5世に対し、インディアス統治の在り方を改めさせることであった。ラス=カサスは、先住民も理性と信仰能力を備えた人間であり、平和的説教によってキリスト教に導かれるべきだと主張し、暴力と奴隷化を厳しく禁じる新法を求めた。その訴えはインディアス新法など一定の法改正につながったが、植民者の抵抗も強く、現地で十分に実行されたとは言い難い。それでも彼の提言は、王権が植民地支配の道徳的責任を意識せざるをえなくなる一つの契機となった。
長期的影響と歴史的意義
この報告書は、当時からヨーロッパ諸国で広く読まれ、のちには対スペイン宣伝として利用され、「黒い伝説」を形成する材料ともなった。一方で現代の歴史学は、ラス=カサスが道徳的告発を目的としてしばしば誇張的表現を用いたことを指摘しつつも、初期植民地社会の暴力と支配構造を内部から批判的に記録した稀有な史料として高く評価している。『インディアスの破壊についての簡潔な報告』は、のちの人権思想や反植民地主義思想の源流の一つとして、大航海時代の拡大の別の側面を示す文書であり、太平洋や香料諸島、モルッカ諸島をめぐる領土分割やサラゴサ条約などとともに、グローバルな帝国競争の陰にあった暴力の実態を考えるうえで重要な手がかりとなっている。