インカ文明
インカ文明は、15世紀から16世紀前半にかけてアンデス高地を中心に展開した大帝国である。都クスコを核とし、国家は「四方州(タワンティンスウユ)」として広域を統合し、道路網と宿駅網、飛脚「チャスキ」、倉庫「コルカ」を駆使して人的・物的資源を再分配した。言語はケチュア語が行政共通語として用いられ、文字に代わる結縄「キープ」によって人口・徴税・在庫が体系的に記録された。農牧では段々畑(アンダネス)や灌漑を整備し、ジャガイモ・トウモロコシ・キヌア、リャマ・アルパカを基盤とする生業を高度化した。宗教は太陽神インティを頂点とし、王(サパ・インカ)は神聖性と軍事力を結合して領域を拡大したが、16世紀のスペイン征服によって急速に崩壊した。
成立と歴史的背景
アンデス世界には先行する多様な文化が存在し、広域統合の経験はインカ文明に継承された。高地と海岸砂漠が交錯する環境の中で、地域社会と国家は適応戦略を磨き、やがてクスコ王国が台頭した。パチャクティは行政区画と道路網を軸に軍政改革を断行し、トゥパック・インカ・ユパンキ、ワイナ・カパックの代に至って領域は最大化する。背景には先行文化の遺産があり、例えば高地の宗教・石造技術や広域ネットワークは、のちの統合の土台となった。これらはアンデス文明全体の文脈で理解されるべきである。
先行文化との連続性
形成期から中期にかけての宗教・造形・祭祀はチャビン文化、高地湖畔の都市宗教中心はティアワナコ文化、海岸では金工・灌漑・都市の伝統を育んだモチカ文化や、地上絵で知られるナスカ文化、さらには北海岸の後継国家チムー帝国などが挙げられる。
地理・環境と適応
アンデスは標高差が極端で、寒冷・乾燥・地震などの制約が大きい。インカ文明は垂直的生態帯の多様性を利用し、段々畑(アンダネス)や凍結乾燥食品(チャーニョ)を普及させ、灌漑と貯蔵で不作リスクを平準化した。リャマ・アルパカは荷役・繊維・肥料の供給源として不可欠であった。
道路網と通信
総延長数万キロに及ぶ「カパック・ニャン(インカ道)」は、山稜線と谷筋を縫い、石畳・階段・吊り橋を備えた。一定間隔で宿駅(タンボ)が置かれ、チャスキが継走して情報と物資を迅速に運搬した。軍の機動力と再分配の効率は、この道路網に依存した。
統治と行政
帝国は四方州(タワンティンスウユ)に区分され、州—郡—村へと重層的に統治された。十進的な戸口編成により徴発と治安が容易化し、ケチュア語の行政使用が統合を促した。王権は太陽神インティの加護を根拠に正当化され、クスコの中心神殿コリカンチャと祭礼が政治的権威を象徴した。
記録システム「キープ」
結縄「キープ」は、紐の本数・色・結びの位置で数量やカテゴリーを表す装置で、徴税・人口・在庫・暦・儀礼などの情報を保持した。専門官カマユは読解と作成に熟達し、文字なき官僚制を可能にした。
経済・社会の仕組み
経済は労役義務(ミタ)と共同労働(ミンカ、アイニ)に支えられ、土地は国家・神殿・共同体に三分配された。収穫物はコルカに集積され、道路網を通じて軍需・救済・祭礼に再配分された。身分や職能に応じて衣服の文様・色彩が規定され、織物は贈与と権威の媒体でもあった。
- 農業:ジャガイモ、トウモロコシ、キヌア、唐辛子、カボチャを栽培し、アンダネスと灌漑で生産性を上げた。
- 牧畜:リャマは輸送、アルパカは毛織に適し、肥料も提供した。
- 工芸:金・銀・トゥンバガの細工、極細の織物は貢納と外交の要であった。
宗教と世界観
太陽神インティ、創造神ビラコチャ、雷神イリャパ、土地の聖なる力ワカへの信仰が重層的に共存した。コリカンチャには金箔の祭壇があり、インティ・ライミなどの年中行事は社会秩序の再確認であった。王のミイラは生者と共存する政治的役者でもあった。
建築・都市計画と技術
石垣は台形の開口とわずかな傾斜で耐震性を高め、切石の精密な合わせ目は楔を要しない。都市は広場と儀礼軸線を備え、給水・排水が計画的に配置された。オリャンタイタンボやサクサイワマンは軍事・儀礼の複合機能を示す。
マチュピチュ
マチュピチュは王家の離宮・儀礼拠点と考えられ、段々畑や水路、聖なる岩を備える。雲霧林の急峻な地形に適応した計画は、景観と信仰を統合した設計思想を物語る。
軍事・拡大と統合
軍は道路網で迅速に動員され、征服地には再定住(ミティマ)政策が敷かれた。反乱は強制移住や再配分で抑止され、武器は棍棒(マカナ)、投石器、槍、弓が用いられた。従属集団のエリートを取り込み、儀礼・贈与・婚姻で統合を図った。
スペイン征服と崩壊
16世紀、フランシスコ・ピサロは内乱(フアスカルとアタワルパの継承争い)に乗じ、カハマルカでアタワルパを捕縛した。天然痘の流行と同盟勢力の離反が重なり、クスコは陥落、ビルカバンバの残存政権もやがて滅びた。近世以降、アンデス社会はキリスト教・植民秩序の下で再編されるが、ケチュア語や祭礼は存続した。
比較史的視野と遺産
同時期のメソアメリカにおけるアステカ文明(首都テノチティトラン)や、その先行要素をもつトルテカ文明と対比すると、インカ文明は文字不在でも官僚制・道路・再分配で巨大領域を維持した点に特色がある。今日、アンデスの都市遺跡・道路網は世界遺産として保全され、言語・音楽・工芸は地域アイデンティティの核であり続けている。