イスラームのヨーロッパ侵入|東西の境界で拡大と抵抗の時代

イスラームのヨーロッパ侵入

7世紀にアラビア半島で成立したイスラーム勢力は、征服・移住・交易・海上活動を複合させながら西方へと拡大した。一般にイスラームのヨーロッパ侵入とは、711年のイベリア半島上陸から、地中海諸島・南イタリアへの浸透、さらにオスマン帝国のバルカン進出とウィーン包囲に至る数世紀の進展を指す概念である。政治支配の変化だけでなく、税制・軍事・宗教政策、境界地帯の形成、知識と物資の流通が一体化して進んだ点に特徴がある。

ウマイヤ朝とアンダルスの成立

711年、ベルベル人将軍ターリク・イブン=ズィヤードがジブラルタル海峡を渡り、西ゴート王国は短期間で崩壊した。やがてアンダルスが形成され、756年に後ウマイヤ朝(コルドバ首長国)、10世紀にはコルドバ・ハリーファ国が出現して都市と学芸が栄えた。フランク勢力との境界ではイスパニア辺境伯領が整えられ、732年のトゥール・ポワティエ間の戦いでカール・マルテルが遠征軍を撃退して以降、両勢力はピレネーと南仏の辺境帯で対峙した。11世紀に入るとタイファ諸王国が分立し、アルモラビド朝・ムワッヒド朝の介入、1212年のラス・ナバス・デ・トロサの戦いを経て、イベリアの勢力図は大きく塗り替えられていった。

シチリア・南イタリアにおける浸透と転換

9世紀、アグラブ朝に始まるムスリム勢力はシチリア島を段階的に制圧し、パレルモを中心に行政と交易の拠点を築いた。南イタリアでは一時的にバーリ首長国が成立し、カラブリアやプッリャ沿岸に襲撃と通商が交錯する海の前線が広がった。11世紀、ノルマン人はシチリアを征服(1061〜1091)し、のちのシチリア王国はアラビア語・ギリシア語・ラテン語の文書実務を併存させ、アラブ=ノルマン様式の建築に象徴される多文化統合を進めた。イスラーム支配は終息しても、課税・灌漑・測量・航海知などの制度・技術は地域社会に深く根づいたのである。

オスマン帝国のバルカン進出

14世紀、オスマン帝国はダーダネルスを越えてガリポリに進出し、コソヴォの戦い(1389)とニコポリスの戦い(1396)を経て、1453年にコンスタンティノープルを攻略した。帝国はティマール制と辺境司令(ウジ=ベイ)を軸に支配を構築し、デウシルメによるイェニチェリ編成で軍事力を維持した。モハーチの戦い(1526)でハンガリー王国が崩壊すると中欧への展開が進み、1529年と1683年にウィーン包囲が行われた。バルカンではイスラーム教徒・正教徒・カトリック・ユダヤ教徒の諸共同体が並存し、課税・裁判・信仰を分掌する秩序が運用された。

境界・抵抗・共存の実像

イベリア半島では数世紀に及ぶレコンキスタが進行し、ナスル朝グラナダは1492年に陥落してムスリムの主権は終わった。ただし現実の辺境は単純な対立線ではなく、休戦・通商・身代金交換・傭兵化が常態化する「連結の地帯」であった。地中海では北アフリカの私掠(いわゆるバルバリア海賊)とヨーロッパ側の報復遠征が繰り返され、1571年のレパントの海戦はキリスト教側の象徴的勝利となったが、制海権の均衡は直ちには変化しなかった。境界は軍事的断絶であると同時に、文化と経済が往来する回廊でもあった。

交易ネットワークと知の伝播

イスラーム圏とヨーロッパの結節は、香辛料・砂糖・綿織物・陶器などの流通を活性化し、紙・算術・天文学・薬学・地理学・哲学の翻訳を促した。トレドを中心とする翻訳運動はアリストテレスと注釈学の再受容を導き、スコラ学と大学制度の成熟に寄与した。農業ではサトウキビや柑橘の栽培、灌漑・水車技術の洗練が西方へ広がり、都市の生産構造と課税基盤を拡充した。ヴェネツィアやジェノヴァはムスリム商人と互恵的に結び、関税・港湾権益・航路保護をめぐる政治交渉が国家戦略の核心となった。

呼称と史観の問題

中世ラテン資料に多用される「サラセン」は外部呼称であり、同一の宗教共同体が単一国家として一糸乱れず進撃したわけではない。地方勢力・部族連合・王朝・都市国家・私掠勢力が状況に応じて競合・協力し、その総体がヨーロッパの政治地図を書き換えたのである。「侵入」という語は武力の側面を強調するが、制度移転と知識循環、混淆する法と慣習、改宗と共存の折衷など多面的な過程を含む。研究上は征服史観と交流史観を統合し、地域スケールでのアクター分析が重視されている。

用語と時代区分

  • アル=アンダルス:イスラーム支配下のイベリア地域の総称。都市文化と学術が発達した。
  • マルカ/スグル:辺境軍政区。城砦線・課税・入植を通じて前線管理が行われた。
  • レコンキスタ:キリスト教諸国の再征服運動の通称。年代・性格は地域差が大きい。
  • デウシルメ:オスマン帝国の徴用制度。官僚・軍事エリートの養成基盤となった。
  • ダール・アル=イスラーム/ダール・アル=ハルブ:イスラーム法学上の世界区分。
  • レパントの海戦:1571年、神聖同盟がオスマン艦隊を破った海戦。戦略均衡は持続した。