イスマーイール派|イマーム継承と宣教ネットワーク

イスマーイール派

イスマーイール派はシーア派の一分派であり、第6代イマームであるジャアファル・サーディクの後継問題において、長子イスマーイールとその子ムハンマドを継承の中核に据えた伝統から生まれた教団である。寓意解釈(タアウィール)と内的意味(バーティン)を重視し、権威ある指導者(イマーム)による教導(タアリーム)を中心理念とする。10世紀にはイフリキヤからエジプトに至るファーティマ朝を樹立し、開明的行政や学術振興を通じて地中海世界とインド洋世界を結ぶネットワークを形成した。後にニザール派とムスタアリー派に分岐し、前者はイラン・シリア、後者はイエメン・インド圏で独自の共同体を展開した。

起源と形成

起源は8世紀の継承争いに遡る。ジャアファル・サーディクの後継をめぐり、主流の十二イマーム派がムーサー・アル=カーズィムを支持したのに対し、イスマーイール派はイスマーイール、その没後はムハンマド・ブン・イスマーイールに精神的継承を見いだした。9世紀、宣教組織ダアワが西アジアから北アフリカに広がり、サラミーヤを拠点とする地下的ネットワークを形成して政治的台頭の基盤が整えられた。この時期に教理は新プラトン主義的宇宙論や予言者史観と結合し、啓示の外的意味(ザーイル)と内的意味(バーティン)を往還する独自の知的伝統が確立された。

教義と思想

イスマーイール派の思想は、歴史の循環性とイマームによる救済史観を軸に構築される。象徴的言語を解き明かすタアウィールが不可欠で、啓典の階層的理解を通じて共同体の一体性が保たれる。とくに「タアリーム(正統教導)」の教説は、理性探求を否定せずに権威ある解釈主体を必要とする点で特色をもつ。主要概念は次の通りである。

  • イマーム:時代ごとに神秘的知(ハイクマ)を体現する指導者である。
  • バーティン/ザーイル:経典・儀礼の内的/外的次元を区別し、重層的に解する。
  • タアウィール:寓意解釈により啓示の深層構造を読み解く方法である。
  • ダアワ:宣教・組織運営の制度で、知的訓練と階梯を伴う。

ファーティマ朝の成立と統治

909年、ウバイドゥッラー・アル=マフディーがイフリキヤで王朝を開き、969年にエジプトへ進出してカイロを創建した。ファーティマ朝は行政・司法の整備、貨幣流通の統合、知的基盤の育成に力を注ぎ、学知の中心としてイスマーイール派の教理研究と法学(とくにカーーディー・アン=ヌウマーンの体系)が成熟した。地中海商業とナイル経済の結節点として繁栄し、宗教政策も比較的寛容で、ユダヤ教徒・キリスト教徒を含む都市社会の多元性が支えられた。

分裂:ニザール派とムスタアリー派

11世紀末、カリフ継承をめぐり教団は二分する。ニザール派はペルシア高原とシリアで拠点を築き、アラムート体制のもとで学知と共同体の自治を重視した。1164年の「キヤーマ(顕現)」宣言は宗教実践の内面的転回を象徴し、儀礼の意味づけを刷新した。他方、ムスタアリー派はさらにタイイビー派を形成し、イエメンのダアーイ(大導師)制度が継承を担ったのち、インド西岸に移住したボフラ諸共同体(ダウーディー・ボフラなど)へと受け継がれ、商業・慈善を通じて都市社会に根づいた。

地域社会と商業ネットワーク

イスマーイール派の広がりは、シリア山地・ホラーサーン・中央アジア・イエメン・グジャラート・デカンに及び、紅海・インド洋交易の担い手としても重要であった。ダアワの人材は学知と商業に通じ、書写・教育・福祉を通じて周縁地域の都市自治やコミュニティ形成を支えた。移動と結社の柔軟性は、複数言語・複数法域を横断するディアスポラ的存立を可能にした。

知識人と文献

ファーティマ朝期には、カーーディー・アン=ヌウマーンが『ダアーイム・アル=イスラーム』により法学体系を整備し、ハーミド・アル=ディーン・キルマーニーが神学・哲学の総合を試みた。詩人・思想家ナースィル・フスラウはペルシア語で教理を表現し、説教家アル=ムアイヤッド・フィーッディーンは宮廷と宣教組織の橋渡しを担った。これらの著作はタアウィールの方法論とイマーム論の古典として、後代のニザール派・タイイビー派双方で重んじられている。

近現代の展開

近代以降、ニザール派はアーガー・ハーンを精神的指導者として再編し、教育・保健・文化遺産保全を担う国際的ネットワークを育てた。ボフラ諸共同体も都市再開発や福祉に積極的で、イエメン・インド・東アフリカ・欧米にディアスポラを形成する。地域によっては迫害や誤解も続くが、共同体は対話と市民的貢献を軸に公共圏と接続し、信仰の内的探求と社会的実践を両立させる路線を維持している。

用語と概念(要点)

  • タアリーム:イマームまたはその代理の権威的教導に依拠する学知の枠組み。
  • キヤーマ:宗教的真理の顕現を指す概念で、歴史段階の転換を示す。
  • タイイビー派:ムスタアリー派の一系統。ダアーイが継承を主導し、イエメンからインドへ展開。
  • ニザール派:アラムート期に学知と共同体自治を重視。後世は国際的ディアスポラへ。