イギリス選挙法改正
イギリス選挙法改正とは、19世紀以降のイギリスで段階的に行われた選挙制度の改革であり、議会政治を貴族と少数有権者の支配から広い国民へと開く過程を指す概念である。とくに1832年の第1回、1867年の第2回、1884年の第3回改正を中心に、20世紀の改革を通じて最終的に普通選挙へと到達した点に大きな特徴がある。これらの改革は、産業革命によって台頭した都市中産階級や労働者の政治的要求に応えるものであり、現代的な議会制民主主義形成の鍵となった。
旧来の選挙制度の問題点
18世紀末から19世紀初頭のイギリス議会は、人口構成を反映しない不均衡な選挙区割りが特徴であった。人口がほとんどないにもかかわらず議席を持つ腐敗選挙区や「ロッテン・バラ」、有力者が事実上議席を支配する「ポケット・バラ」などが多数存在した。他方で、工業化で急成長したマンチェスターやバーミンガムのような新興工業都市には議席が与えられていなかった。また、有権者は高額の財産資格を満たす男性に限られ、多くの都市住民や労働者は選挙に参加できなかった。
第1回選挙法改正(1832年)の背景
19世紀初頭、産業革命により都市の商工業ブルジョワジーが台頭し、彼らは政治的発言権の拡大を求めた。議会では改革に積極的なホイッグ党と、保守的なトーリ党が対立し、都市中産階級や急進派は請願や集会を通じて圧力を強めた。フランス革命や「恐怖政治」の記憶を持つ支配層にとって、限定的な形で選挙制度を改めることは、急進的革命を防ぐための安全弁でもあった。その結果として成立した改革が、1832年の第1回選挙法改正である。
第1回選挙法改正の内容
- 人口の少ない腐敗選挙区の廃止・議席削減
- マンチェスターなど新興工業都市への議席再配分
- 都市の有権者資格を一定額以上の家屋を所有・賃借する男性へと統一
この改正により、有権者数は大幅に増加したが、それでもなお人口全体の一部にとどまり、労働者や農業労働者の多くは選挙権を持たなかった。それでもイギリス選挙法改正の第1段階として、議会が一定程度都市中産階級を代表する機関へと変化した点は重要である。
第2回・第3回選挙法改正
1832年後も、不十分な改革に不満を持つ層はチャーティスト運動などを通じてさらなる選挙権拡大を要求し続けた。こうした圧力の下で、1867年には第2回選挙法改正が実施され、都市部の熟練労働者を中心とする一部の労働者階級が新たに有権者となった。続く1884年の第3回選挙法改正では、農村部の労働者にも選挙権が拡大され、都市と農村の有権者資格がほぼ統一された。これらの改革を通じて、有権者の範囲は中産階級から労働者階級へと広がり、議会はより社会全体を反映する機関へと近づいた。
20世紀の選挙法改正と普通選挙の成立
19世紀の改革後も、なお多くの制限が残されていたが、第一次世界大戦を契機に状況は一変した。戦争動員に参加した男性や、銃後を支えた女性の貢献を背景に、1918年の選挙法改正で成人男性のほぼ全体と、一定年齢以上の女性に選挙権が与えられた。さらに1928年の改正で男女の年齢要件が統一され、事実上の男女普通選挙が達成された。このようにイギリス選挙法改正は、19世紀の制限的な拡大から20世紀の全面的な政治参加へと連続的に進展したのである。
自由主義的改革と歴史的意義
一連の選挙法改正は、審査法の廃止やカトリック教徒解放と並ぶ自由主義的改革の中核をなすものであり、貴族支配から立憲的・代表制の政治への移行を制度面から支えた。また、有権者拡大に伴い労働党が台頭し、階級対立を議会内の政党政治へと吸収した点も重要である。イギリスにおける段階的な選挙制度改革は、急激な革命を経ずに民主化を進めた典型例として、後の諸国の自由主義的改革や選挙制度改革にも大きな示唆を与えた。