アンシャン=レジーム
アンシャン=レジームとは、本来フランス語で「旧制度」「旧体制」を意味し、一般にはフランス革命以前の王政と社会秩序を指す概念である。ブルボン朝のもとで展開したアンシャン=レジームは、国王を頂点とする絶対王政、聖職者・貴族・平民から成る身分制社会、農業を基盤とする経済と特権的な租税構造など、前近代的要素と近代への胎動が複雑に入り交じった体制であった。この語はのちに、フランスのみならずヨーロッパ諸国の旧来の君主制秩序を総称する概念としても用いられるようになった。
用語の起源と時代区分
アンシャン=レジームという呼称は、もともと革命後の人々が、打倒された旧来の体制を批判的に振り返るために用いた言葉である。したがって当時のフランス人が自らの時代を「旧制度」と意識していたわけではない。歴史学においては、概ねルイ14世に代表される絶対王政の確立期から、1789年のフランス革命勃発までを、フランスのアンシャン=レジーム期として区分することが多い。この期間には王権の中央集権化と官僚制の整備、常備軍の拡充、財政・税制の再編といった近代国家形成の動きが進む一方で、封建的な特権や身分制も根強く残存していた。
政治構造―王権と絶対王政
アンシャン=レジームの政治構造の中心には、神から授けられたとされる王権を掲げる絶対王政があった。とりわけルイ14世の治世は、ヴェルサイユ宮廷に貴族を集住させ、「朕は国家なり」と象徴される王権至上の政治を展開したことで知られる。王は法律の制定、軍事、外交、行政において最終決定権を持ち、各地方には国王の代理人として行政を監督する役人が派遣された。他方、地方の慣習法や都市・村落の自治、法廷としての高等法院など、王権と交渉しうる諸機関も存在し、王の権力は無制限ではなく、旧来の秩序との均衡の上に成り立っていた。
社会構造―身分制と特権
アンシャン=レジームの社会は、法的に区別された身分の上に構築されていた。典型的には聖職者(第1身分)、貴族(第2身分)、平民(第3身分)の3つの身分から成り、国家的な代表機関である三部会もこの区分に基づいて構成された。聖職者と貴族は土地所有と政治的影響力を握り、多くの租税免除や法的特権を享受していた。これに対し、農民や都市の平民は、地代や賦役、さまざまな間接税・人頭税の負担を負い、社会的不平等が構造的に再生産されていたのである。
封建制と農村社会
アンシャン=レジーム期のフランスでは、多くの地域で中世以来の封建制的関係が残存していた。領主は農民に対して地代や十分の一税、領主裁判権にもとづくさまざまな徴収権を持ち、農民は土地に縛られた生活を送った。もっとも、農民の中には自営農として比較的自立した経営を行う層も現れ、地域によって支配関係のあり方には差があった。都市においては手工業者や商人、市民層が成長し、のちの市民社会の基盤を形成していったが、その多くも法的には第3身分に属し、政治参加の道は限られていた。
経済と財政の仕組み
アンシャン=レジームの経済は、依然として農業を中心としつつも、国家主導の重商主義政策によって商業・工業の振興が図られた。輸出振興と産業保護を目的とする関税政策や勅許会社による海外交易の独占などは、その代表例である。しかし、国家財政は戦争と宮廷支出により慢性的な赤字に陥り、課税対象となる第3身分に負担が集中した。貴族や聖職者の特権的な租税免除が維持された結果、財政改革はたびたび既得権層の抵抗に直面し、それが18世紀末の政治危機を深刻化させる一因となった。
宗教・文化と啓蒙思想
アンシャン=レジームの下で、カトリック教会は教育・慈善・婚姻・戸籍など社会生活の多くの領域を支配し、精神的権威を保持していた。他方、17〜18世紀になると、理性や自然権を重視する啓蒙思想が広まり、王権神授説や身分制、不寛容な宗教政策に対する批判が高まった。啓蒙思想家たちは、法の支配や権力分立、信教の自由などの理念を提示し、読書サロンや出版文化の発展とともに新しい公共圏を形成した。こうした思想的潮流は、旧制度の正当性を問い直し、革命期の政治言語の重要な資源となった。
アンシャン=レジームとフランス革命
アンシャン=レジームの崩壊は、単に1789年の出来事に突然生じた断絶ではなく、長期的な社会・経済・思想の変化の帰結であった。財政危機の深刻化により王権は改革を余儀なくされ、その過程で身分制の矛盾と特権の問題が表面化した。久々に招集された三部会は、平民代表が国民全体の代表を自任する契機となり、やがて国民議会の成立と憲法制定へとつながっていく。こうしてアンシャン=レジームは政治的には解体されたが、その社会構造や文化的慣習の多くは、その後も形を変えながら近代フランス社会の中に残存し続けたと理解されている。
ヨーロッパ史の中のアンシャン=レジーム像
アンシャン=レジームという概念は、フランスだけでなく、ヨーロッパ諸国の前近代的君主制を総称する用語としても用いられる。その際には、ブルボン朝フランスに代表される王朝国家、貴族特権と身分制、農業中心の経済構造、教会の強い影響力といった共通要素が強調される一方、地域ごとの多様性も重視される。近代史研究においてアンシャン=レジームは、単なる「旧い体制」にとどまらず、近代国家・資本主義・市民社会が成立する前提条件を提供した歴史的世界として捉えられており、その解体過程と継承の仕方をめぐって、今なお活発な議論が続いている。