アルゼンチン
アルゼンチンは南アメリカ南部に位置する連邦共和制国家で、首都ブエノスアイレスを中心に広大な国土と多様な自然環境、そしてヨーロッパ系移民を基盤とする独特の文化をもつ国家である。正式名称はアルゼンチン共和国で、公用語はスペイン語、宗教ではカトリックが優勢である。パンパと呼ばれる肥沃な草原地帯によって農業や畜産が発展し、タンゴやサッカーなどの文化は世界的な知名度を誇る一方、歴史的にはスペイン植民地支配からの独立、軍事政権と民主化、経済危機といった激動の歩みを経験してきた。
地理と自然環境
アルゼンチンの国土は南北に長く、アンデス山脈、パンパ、パタゴニア、亜熱帯地域など多彩な自然地帯から成り立っている。西部にはチリとの国境をなす高い山々が連なり、アコンカグア山は南米最高峰として知られる。中部のパンパ地帯は穀物栽培と牧畜に適した平原であり、近代以降の経済発展の基礎をなしてきた。南部のパタゴニアは乾燥した草原や氷河地形が広がり、人口は少ないが、観光資源やエネルギー資源が豊富である。
歴史の概要
先住民社会が存在した地域に16世紀以降スペイン人が進出し、ラプラタ川流域はスペイン帝国の一部として支配された。18世紀末にはラプラタ副王領が設置され、ブエノスアイレスは貿易港として重要性を高めた。19世紀初頭、ナポレオン戦争の混乱を背景に独立運動が高まり、1816年のトゥクマン会議で独立が宣言されると、カウディーリョと呼ばれる地方有力者の対立や内戦を経ながらも、やがて連邦制国家としての枠組みが整えられた。
近代国家形成と20世紀
19世紀後半には農産物輸出によって「世界の穀倉地帯」と呼ばれるほど繁栄し、鉄道敷設や港湾整備が進んだ。20世紀前半にはペロン政権が登場し、労働者保護や福祉政策を掲げて支持を集めたが、軍事クーデタや政情不安も繰り返された。1970年代から80年代初頭にかけて軍事独裁政権が成立し、多くの市民が弾圧・失踪する「汚い戦争」が展開された。1983年以降は民政移管が進み、民主主義体制の定着が大きな課題となった。
政治制度
アルゼンチンは大統領制を採用する立憲共和国であり、行政・立法・司法の三権分立を基本原理とする。大統領は国家元首であると同時に行政府の長であり、国民の直接選挙によって選出される。議会は上院と下院からなる二院制で、各州およびブエノスアイレス市が代表を送り出す連邦的構造をとる。地方レベルでは23州とブエノスアイレス自治市が存在し、それぞれが憲法と自治権をもっている。
経済と産業
アルゼンチン経済は、歴史的に農業と畜産に強く依存してきた。小麦やトウモロコシ、大豆などの穀物輸出に加え、牛肉や乳製品は世界市場で重要な地位を占める。20世紀には工業化が進み、自動車、食品加工、石油化学などの産業が成長した。造船や鉄道車両、機械産業などではボルトなどの金属部品を大量に使用する重工業も発展し、都市に労働者階級が形成された。一方で、インフレや通貨危機、累積債務問題などマクロ経済の不安定さに悩まされる時期も多く、国際通貨基金との関係は国内政治の重要テーマとなっている。
社会と文化
アルゼンチン社会は、スペイン系やイタリア系を中心とするヨーロッパ移民を軸に、先住民や他地域からの移民が加わる多様な構成をもつ。首都ブエノスアイレスは「南米のパリ」とも呼ばれ、劇場、カフェ、書店が集中する文化都市である。リオ・デ・ラ・プラタ流域で生まれたタンゴは、移民の哀愁を反映した音楽として世界的に広まり、サッカーは国民的スポーツとして強い結束を生み出している。20世紀にはニーチェやサルトルなどヨーロッパの思想家の著作が知識人の間で広く読まれ、文学や政治思想に影響を与えた。
国際関係と地域統合
アルゼンチンは南米地域で重要な中堅国家として位置づけられ、隣接諸国との関係が外交の基盤となっている。特にブラジルとは競合と協調の複雑な関係を築きつつ、南米南部共同市場であるメルコスルを通じて経済統合を進めてきた。イギリスとの間ではマルビナス(フォークランド)諸島をめぐる領有権問題が残されており、1982年の紛争は軍事政権崩壊の一因ともなった。近年は民主主義と人権の尊重を掲げつつ、地域協力や多国間外交を重視する姿勢を示している。