応答スペクトル
応答スペクトルとは、与えられた地震動などの入力に対して、減衰をもつ1自由度系(SDF)の最大応答を固有周期(あるいは固有振動数)ごとに整理した曲線である。変位・速度・加速度のそれぞれについて、最大値を周期軸上に並べることで、構造物がどの周期帯で最も大きく振る舞うかを一望できる。設計では、観測地震動から得た応答スペクトルを平均化・平滑化して「設計スペクトル」を定め、部材や装置の耐震安全性を迅速に評価する。入力の強さ(PGA)や減衰の仮定、地盤種別を変えるとスペクトル形状も系統的に変化するため、地震荷重の理解と合わせて用いるのが実務上の基本である。
定義と基本概念
応答スペクトルは、時間歴加速度入力に対し、ある固有周期Tと減衰比hをもつ1自由度系の最大相対変位Sd、最大相対速度Sv、最大絶対加速度Saを集計したものである。角振動数をω=2π/Tとすると、線形範囲では関係式Sv=ω·Sd、Sa=ω·Sv=ω²·Sdが成り立ち、単位換算も容易である。実務ではh=5%が標準で、同じ入力でもhを増やすとピークが低下し、鋭い共振が丸くなる。これにより、固有周期帯に敏感な機器・配管・非構造部材の脆弱部を見抜ける。
種類と表現
- 加速度スペクトル(Sa)― 装置・基礎へ伝わる慣性力の目安。
- 速度スペクトル(Sv)― エネルギー指標として解釈しやすい。
- 変位スペクトル(Sd)― 変形要求の把握に有効。
- 擬似速度(PSV)、擬似加速度(PSA)― ωやω²を掛け戻して読み替える便法。
- 水平2成分・鉛直成分の個別表示、または合成(SRSS等)。
同一入力から導いた各曲線は、どれも応答スペクトルと呼ばれるが、目的に応じて使い分ける。たとえば部材応力はSa、変形照査はSd、機器耐震はPSA/PSVが短時間で見通しやすい。
作成手順(概略)
- 入力(記録地震動など)を準備し、基線補正・フィルタ処理を行う。
- Tの掃引範囲(例:0.02〜10 s)と減衰比h(例:1、2、5、10%)を設定。
- 各T・hごとに1自由度方程式を数値積分し、Sd、Sv、Saの最大値を抽出。
- 必要に応じて平滑化、複数記録の統計処理(平均・90%包絡)を行う。
この生成プロセスを理解しておくと、入力や数値条件が応答スペクトルへ与える影響を読み解きやすい。解析フローは応力解析手法の基本に沿う。
数式上の要点
運動方程式は mẍ+cẋ+kx=−mẍg で表される。ここでxは相対変位、ẍgは地動加速度、c=2h√(km)。最大値の抽出により応答スペクトルが得られる。固有周期Tが短いほど高周波成分に敏感でSaが卓越し、長いほど低周波成分に敏感でSdが卓越する。式の立て方は運動方程式や質点系の枠組みに従う。
設計への活用
設計では応答スペクトルから設計ベースせん断力(ベースシア)や層せん断力を簡便に推定できる。多自由度系ではモード分解し、各モードの最大応答をSRSSやCQCで合成する。床上の機器・配管は、建物応答を入力とする床応答スペクトルで照査する。規定の設計スペクトルは、観測値の平均化・安全側補正・短周期/長周期の台形化などで定め、地盤種別別の補正係数を付与するのが一般的である。関連して、全体安定の視点は構造安定性の議論と接続する。
地盤・構造特性の影響
硬質地盤では短周期帯のピークが立ちやすく、軟弱地盤では長周期帯が増幅しやすい。増幅特性はサイト特性(Vs、層構成、減衰)に依存し、同じ記録でも応答スペクトルの形が変わる。構造側の固有周期Tは質量mと剛性kで T≈2π√(m/k)。Tがピーク帯に一致すると共振的に需要が膨らむため、設計段階でTをずらす(剛性配分の最適化、制振・免震)ことが有効である。
短周期・長周期の読み方
T→0ではSaがPGAに近づき、速度・変位は小さい。Tが大きくなるとSdが支配的となり、塑性化や残留変位の懸念が増す。部材・接合部の局所挙動は短周期帯、層間変形やスパンの大きい部位は長周期帯のスペクトルを優先して読む。
実務上の注意点
- 記録選定は継続時間、卓越周波数、位相特性を考慮し、代表性を確保する。
- 水平2成分は独立照査またはSRSS合成、鉛直成分は装置・梁スパンに応じて別途考える(関連:風荷重)。
- 減衰5%は慣例に過ぎず、制振デバイスや材料減衰が大きい場合はhを変更して応答スペクトルを引き直す。
- 非線形領域では等価線形化やR係数で設計スペクトル側を調整する。
- 境界・支持条件の仮定は応答の要であり、モデル化は境界条件と整合させる。
応答スペクトルは、時間領域解析を行わずとも入力の危険周期帯と需要水準を素早く把握できる設計者の地図である。固有周期Tと減衰h、地盤特性、モード合成、床スペクトルなどの基本を押さえ、記録処理と統計処理の前提を明示することで、短時間に再現性の高い照査が可能になる。必要に応じて時間歴解析で要所を掘り下げ、スペクトル照査と往復することで、定性的理解と定量的裏付けの両立を図るのが望ましい。