大越国|ベトナム人待望の独立国家,ダイベト

大越国

大越国(ダイベト)は、1009年から1225年まで続いたベトナム北部の王国である。季公蘊が建設したことから李氏大越国(李朝)ともいう。首都は昇竜(現ハノイ)。12世紀初めまで盛んで、宋軍を撃退し、チャンパーに3度遠征し、仏教・儒教が発達した。

ベトナム人

ベトナム人は、モン人・クメール人などとともに南アジア語系に属する民族である。東南アジアのなかでも中国の文化を積極的に受け入れた。

中国の支配下

前111年、漢の武帝によってベトナムの土地に交趾・九真・日南の3郡がおかれて以来、ベトナム人は1000年以上にわたり中国の支配下にあった。チュン(徴)は、姉妹の後漢に対する反乱(40~43)などもあったが、失敗に終わっている。

呉・丁・黎

唐末五代の動乱期に、ベトナム人は独立を達成した(10世紀)。ベトナム独立直後は、呉・丁・黎(前黎)の3王朝が出たが、黎明期にあって、長くは続かなかった。

大越国

李朝が大越国が創始してから独立は守られ、北は宋の侵入軍を破り、南は3度の遠征の末、チャンパーを討って領土を広げた。

陳朝

李朝が終わり、陳朝(1225ー1400)にはいると、3回にわたって来寇した元軍(モンゴル)に抵抗して撃退し李朝と同様に南隣のチャンパーと戦争し、領土を拡大した。

中国の影響

大越国は、公用には漢字漢文を使用し、軍制・税制・科挙制など多くの制度を導入した。また中国から伝わった儒教や大乗仏教が信仰されている。