多自然川づくり
多自然川づくりは、河川を治水や利水の対象としてだけではなく、生態系や景観、地域文化との調和を重視して再生・整備する考え方である。コンクリートによる護岸や堰などの人工構造物が多用されてきた従来の河川整備では、増水時の安全確保を優先するあまり多様な生物が生息する自然環境が損なわれるケースが問題視されてきた。そこで多自然川づくりでは、水辺の生態系を守りながら氾濫被害を予防し、地域の人々が川と共存できる空間を創出することを目指している。自然素材や地形を活かした護岸工法や魚道の設置など、川自体が持つ自然回復力を最大限に活用する整備方法が特徴的であり、近年は国内外で徐々に注目度が高まっている。
背景と歴史
日本では高度経済成長期以降、急速な都市化によって河川も直線化や護岸工事が進められ、治水上の安全は一定程度確保された。しかし、その一方で河川環境の単調化や河岸植生の減少、魚類の生息域縮小などが生じ、自然環境に深刻なダメージが及んだ。そのような状況を受け、1980年代からヨーロッパの“Close to nature”の理念を取り入れた多自然川づくりの試行が始まった。川をコンクリートの水路として管理するのではなく、急流や深みと浅瀬、複雑な川岸形状などを意図的に残すことで、水生生物や水鳥が再び集まる豊かな水辺を取り戻そうとする動きが徐々に広がったのである。
理念と目的
多自然川づくりの基本理念は、河川を「社会の安全資産」であると同時に「生態系の基盤」として捉え、人と自然が相互に利益を得られる形で維持管理していくことである。治水や利水を行う際にも、可能な範囲で川の自然力を尊重し、魚や水生昆虫が産卵や回遊を行える環境を維持することを重視する。その結果、堤防の高さや護岸構造を見直すだけでなく、地元住民が川辺に親しめるように遊歩道や水際空間を整備するなど、多面的な価値創出を狙うアプローチが求められる。
具体的な技術
従来の護岸工事では、護岸ブロックやコンクリート壁を一律に設置することが多かった。一方で多自然川づくりでは、自然石や木材を用いた粗石積み護岸、根固めブロックの代わりに自然石を設置する「石留工」などを活用し、川の流速や流れの方向を変化させることで多様な河床形態を生み出す技術が重視される。また、魚道を設けることでダムや堰による回遊障害を低減し、水生生物が自由に移動できる環境を整えることも重要とされている。これらの取り組みは、生態学や土木工学など複数の専門分野の連携によって実践されるのが特徴である。
地域との関わり
多自然川づくりでは、技術的な工夫だけでなく、地域住民の参加や理解が欠かせない。川沿いの景観や生物多様性は、地元の人々にとって貴重な財産であると同時に、災害リスクとも隣り合わせの存在である。そのため、ワークショップや学習会を通じて河川整備の狙いや方法を共有し、地元住民の意見を取り入れながら設計や施工を進めるケースが増えている。こうした協働型のプロセスを経ることで、完成後の川が地域の憩いの場や観光資源となり、地域コミュニティの活性化にもつながりやすい。
課題と対策
一方で、多自然川づくりを推進するには、従来の治水基準やコスト構造とのすり合わせが大きな課題となる。自然由来の材料を使った工法は一見安価に見えるが、長期的な維持管理や点検コストを考慮すると、その効果や費用対効果を丁寧に検証する必要がある。また、降雨パターンの変化や水害の激甚化など、気候変動によって予測が難しくなる環境リスクも無視できない。こうした状況に対応するためには、河川管理者、研究者、地域社会が連携し、環境モニタリングや技術評価を継続的に行う取り組みが求められている。