保馬法|民戸養馬で軍馬供給制度を確立

保馬法

保馬法は、北宋の神宗期に王安石が推進した新法の一環で、軍馬の確保と育成を民間社会の組織力に分担させる制度である。国家直営の官牧や市場調達に偏った従来の馬政では費用が膨張し品質も安定しにくかったため、農村共同体や戸ごとの責任を基礎に、選定家戸へ軍用馬の飼養を割り当て、草料・飼料費の補助や一部の役負担の軽減と引き換えに飼育義務を課した。戦時・非常時には育成馬を徴発し、平時には定期の検査・登録によって頭数と品質を維持しようとした点に特色がある。

成立背景

宋代は文治官僚制の下で歩兵中心の常備軍を拡張したが、遼・西夏など騎兵を得意とする周辺政権に対して機動力で劣った。加えて、唐末から五代を経て官牧の荒廃が進み、良馬の恒常的な供給網が断絶した。市馬依存は価格高騰と品質の不統一を招き、財政圧迫をもたらした。こうした軍事的・財政的課題の解決に向け、王安石は新法群の一つとして保馬法を導入し、農村の組織力と国家の監督機構を結合させることで馬政の再建を図った。

制度の仕組み

  • 登記と割当:地方官が体格・資力・飼養環境を勘案して家戸を選定し、一定頭数の軍用馬を割り当てる。
  • 補助と負担:草料・飼料の補助や一部免役を与える一方、厩舎整備・飼養労力の提供を義務づける。
  • 検査と考査:定期巡検で成長・健康・調教状況を評価し、基準未達には改善命令や割当変更を行う。
  • 徴発と補償:戦時・訓練動員時には馬を提出させ、規定に応じて代価・補償を支給する。
  • 違反処分:故意の売却・隠匿・怠慢には罰金・割当増し・役利得の剥奪などを科す。

保甲法との連動

保馬法は農村の相互連帯を強化する保甲法と連動した。里・保・甲の階層的ネットワークは人員統制と情報伝達に長け、馬の巡検・報告・違反監視を効率化した。さらに、雇役の貨幣化を進める募役法、土地台帳を整える方田均税法などと相互補完的に組み合わされ、財政・軍政の一体的な再編を支えた。

運用と地域差

乾燥・寒冷で牧草地の確保が比較的容易な関中・河湟周辺では実施が進み、良馬の育成が一定の成果をあげた。他方、湿潤な南方では飼料確保や疾病対策の難度が高く、地方官の裁量で規模調整や補助の上積みが行われた。こうした地域差への対応は、新法運用が機械的一律でなかったことを示す。

効果と影響

  • 軍事面:常備の騎兵力が底上げされ、国境機動防衛の選択肢が拡がった。
  • 財政面:市馬購入費の抑制と調達の平準化に寄与したが、補助金の原資手当と監督コストが新たに発生した。
  • 社会面:飼養割当は農家の労力・飼料負担を増やし、年貢・雑役と相まって負担感が高まる地域も生じた。
  • 品質管理:民間飼養は個体差が大きく、検査制度の厳格化が必要とされた。

評価と論争

新法党は保馬法を「軍政の合理化」と捉え、国家と民間の協働による供給安定を説いた。これに対し旧法党は、農村負担の増大、地方官の恣意、監督の硬直化を批判した。神宗期後半から哲宗の元祐更化にかけて運用は揺れ動き、地域的な縮小・修正も加えられたが、軍馬確保の重要性自体は否定されず、制度要素は断続的に継承された。

行政と監督体制

中央の兵部・三司(財政機関)が基本枠組みを定め、路・州・県の階層で実務を担った。地方では検査官・獣医的役人の配置、厩舎・牧草地の指定、違反取締の手続など細目が整備された。帳簿・登記・巡検報告の三点を核に、数量(頭数)と品質(体格・健康・調教)の両面管理を目指した。

他制度との関係

保馬法は青苗法・市易法など流通金融の新法と直接の機能重複はないが、資金循環の改善が補助財源の安定化に波及した。また、募役法がもたらした労役の貨幣化は、飼養家戸の負担設計(補助・免除・代納)に柔軟性を与えた。結果として、新法群は軍事・財政・社会の複数領域で相互に効果を強化し合った。

課題と限界

  • 衛生・疫病:密飼い・湿潤環境での疾病流行は重大な損耗要因で、獣医的知識の普及が追いつかなかった。
  • インセンティブ設計:補助が不十分な地域では飼養意欲が低下し、報告偽装や隠匿を誘発した。
  • 戦時動員:前線輸送の物流・飼料線維持が難題で、徴発後の補償遅延は制度信頼を損ねた。

史料と位置づけ

『宋史』食貨志・兵志や王安石関連文書には、馬政改革の趣旨・運用・成否が散見する。総じて保馬法は、国家が市場・官牧に加えて農村共同体の資源を編成し、戦略的な欠落(騎兵力)を補うための制度的試みであった。新法全体の政治的浮沈に左右されつつも、軍馬供給の多元化と監督の制度化という遺産を後代へ残した。