ラージプート|小国を乱立した北インドの王国とその抗争

ラージプート

ラジプーととは、クシャトリヤの身分を意味する北インドのカースト集団のことで「王の子」を意味する。ラージプート時代(8~13世紀)は、ヴァルダナ朝の滅亡からデリー諸王朝が建国されるまでの混乱した北インドで、ラージプートを称する勢力の支配する王国が分立・抗争した時代。

ラージプート

ラージプート

ハルシャ王国の崩壊

ハルシャ王国の崩壊した後、北インドでは多数の王国が興亡した。それらの国の王のなかにはラージプート族の出身を誇るものが多かったため、この時代をラージプート時代と呼ぶ。

ラージプート

ラージプートとは「王子」すなわち「古代クシャトリヤ階級の子孫」を意味している。当時の諸王国は、5世紀ころ西インドに移住してインド化した中央アジア系の諸種族や、土着の有力種族が建設したものであるが、支配者たちは自己の支配の正統性を主張するためこの呼称を用いたのである。

ラージプート諸国の抗争

ラージプート諸国はたがいに抗争を繰り返した。11世紀に入るとイスラム教徒が侵入してくるが、団結することはなく、北インドの支配権を奪われてしまう。

プラティーハーラ王国

プラティハーラ王国(800頃~1019)は、ラージプート族の王国である。カナウジを都として、北インドの西部・中部を領有し、アラブ勢力の東進を阻止した。

チャンデーラ王国

チャンデーラ王国は、プラティーハーラ王国から自立し、10~11世紀にかけて繁栄したラージプート族の王国の一つである。

チャーハマーナ王国

チャーハマーナ王国(10世紀末ー1192)は、インド北西部のラージプート族の王国でイスラーム軍に滅ぼされた。