マスタースライス|量産を前提としたカスタム設計方式

マスタースライス

マスタースライスは、LSI(大規模集積回路)の設計を効率化し、コストと開発期間の短縮を両立するために用いられる標準化プロセスである。ゲートアレイをはじめとする汎用ベースに対し、ユーザ固有の論理回路を後工程で配線し、短納期かつ柔軟なカスタマイズを可能にする点が大きな特徴となる。本稿ではマスタースライスの概要、特徴、歴史、応用事例、そして課題などを整理し、その重要性を明らかにする。

概要

マスタースライスは、あらかじめ標準化された素子配置(ゲートやトランジスタ群)をウェハ上に用意しておき、顧客ごとのカスタマイズは配線層を設計・作りこむことで実現するという方式である。これにより、ベースとなるトランジスタや基本ゲート構造の製造は共通化され、大量生産時の歩留まり向上とコスト低減が期待できる。設計フローとしては、ユーザの論理設計を論理合成・配置配線ツールで最適化し、最終的に配線のみをマスクに反映する形となる。複数顧客向けに同じウェハを一部共有しつつ、後段階のマスク工程を変えるだけで別の製品を作り出すことが可能となる仕組みである。

特徴

マスタースライスでは、汎用性とカスタマイズ性をバランスよく両立できる点が最大の魅力である。通常のASIC(Application Specific Integrated Circuit)と比べ、初期の素子形成工程を共通化できるため、大量生産フェーズに入るまでのライン稼働を効率化できる。また、ベースレイヤーの品質管理がしやすく、歩留まり向上やリードタイム短縮にも寄与する。従来のフルカスタム設計ほどの細かい最適化は難しいが、性能とコストを適度に両立する手段として産業機器、車載制御、通信機器など幅広い分野で採用が進んでいる。

歴史

マスタースライスという概念は、ゲートアレイの普及に伴い1970年代から1980年代にかけて徐々に確立された。当時はフルカスタムICが主流であったが、開発期間とマスク費用が増大し、設計リスクも高まっていた。そこで、一部を標準化したベースに配線だけをカスタムする方式が注目され、ゲートアレイ技術がASIC市場を牽引する形となった。1990年代以降は設計支援ツールや論理合成技術の進歩によって、マスクデータ生成が容易化し、高集積化・高性能化が同時に進展した。この流れで多くの半導体メーカがマスタースライスによるASICビジネスを展開し、様々な産業向けに応用されるようになった。

応用事例

産業機器や車載用制御ユニットなどの分野では、高信頼性とある程度の柔軟なカスタマイズが必要となるため、マスタースライスが効果的に活用されている。例えば、車載制御ではECU(エンジン制御ユニット)やADAS(先進運転支援システム)向けに、独自の演算ブロックやインターフェイス回路を配線層で追加し、基本となるゲートアレイベースを使い回すことで、開発期間を短縮しつつ個別の要件に応じたチップを提供できる。また、IoTゲートウェイ向けの通信プロトコル専用ブロックをオンチップ化する際にも、マスタースライスが有効活用されている。

課題

一方、マスタースライスにはいくつかの課題もある。たとえばフルカスタム設計と比べると、回路全体の最適化や高周波設計などでどうしても制約が生じる可能性がある。また、深い微細化技術が進むにつれ、ベースレイヤーの設計や配線ルールが複雑化し、ツールとプロセスの相互整合を厳密に保たなければ歩留まりの低下やコスト増大に繋がるリスクが高まる。さらに、競合技術として、完全に再構成可能なFPGA(Field Programmable Gate Array)や、サブシステム単位で最適化されたSoC(System on Chip)も選択肢として存在するため、市場ニーズに合わせて適切なアーキテクチャを選ぶ判断が重要となる。

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