ピルグリムファーザーズ
ピルグリムファーザーズは、17世紀初頭に信仰の自由を求めてイングランドから北米へ移住した急進的なピューリタンの一団である。彼らは1620年に商船メイフラワー号で航海し、現在のマサチューセッツ州にプリマス植民地を建設した。のちにアメリカの建国神話の重要な要素となり、感謝祭や信教の自由、自治の伝統と結びつけて語られる存在である。
宗教的背景
ピルグリムファーザーズは、イングランド国教会から分離しようとした分離派の一派であり、公的教会の礼拝や制度を拒否した点で一般のピューリタンよりも急進的であった。彼らの思想は、16世紀の宗教改革とその後のイングランドの清教徒革命へと続く動きの一環として理解される。国教会からの弾圧を避けるため、一部はオランダのライデンへ移住したが、子ども世代の同化への懸念や経済的困難から、新天地への集団移住を決断した。
メイフラワー号の航海とメイフラワー契約
1620年、彼らは商船メイフラワー号に乗り込み、大西洋を横断してアメリカ大陸東岸を目指した。予定していたヴァージニア植民地から大きく北にそれて現在のニューイングランド沿岸に到達したため、上陸前に「メイフラワー契約」と呼ばれる自治規約を船内で締結した。これは、成員同士が「民衆の同意」に基づく自治政府をつくることを誓約したもので、のちのアメリカ政治文化における契約思想や自治の伝統の先駆とされる。
プリマス植民地の建設
ピルグリムファーザーズは、プリマスと名づけた場所に小規模な植民地を建設した。初期の冬は飢餓と疫病に苦しみ、多くの死者が出たが、先住民ワンパノアグ族との協力やトウモロコシ栽培の導入などによって次第に定着に成功した。後年、収穫を感謝する祝宴の記憶は、アメリカの感謝祭の起源として物語化される。プリマス植民地はやがて周辺のニューイングランド植民地と合併し、地域全体の社会・宗教的性格に影響を与えた。
社会と信仰生活の特徴
ピルグリムファーザーズの社会は、聖書に基づく厳格な道徳と共同体規律を重視していた。教会員資格は内面的回心の体験を求められ、説教・会衆政治・町村単位の自治が結びついた。こうしたニューイングランド社会は、のちのアメリカにおける信教の自由・教育重視・町会議型自治の土壌となる。同時に、宗教的一体性を維持するために異端や他宗派を排除する傾向も強く、寛容の理念と緊張関係にあった。
大西洋世界とアメリカ史への位置づけ
ピルグリムファーザーズの移住は、17世紀以降に展開する大西洋世界の商業革命と植民地拡大の一局面でもあった。彼らの築いたニューイングランド社会は、のちにイギリス本国と植民地の対立が深まると、自治の伝統と宗教的使命意識を背景に本国の統制に反発し、18世紀後半のアメリカ独立革命を支える思想的基盤の一つとなる。またイングランドにおけるイギリス国教会と清教徒革命の経験とも響き合い、ヨーロッパと北米の政治宗教史を結ぶ象徴的な集団として、現在も研究と議論の対象であり続けている。
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