ウルドゥー語
ウルドゥー語は、南アジアのイスラーム文化を背景に発達した言語であり、現在はパキスタンの国語であるとともに、インドの公用語の一つにも位置づけられている。言語系統としてはインド=ヨーロッパ語族インド=イラン語派に属し、文法や語彙の基層は北インドのヒンドゥスターニー方言に求められるが、上層語としてペルシア語やアラビア語、さらにはトルコ系諸語の影響を受けて独自の語彙と文体を形成してきた。近代以降は、民族意識や宗教アイデンティティと結びつきながら、文学・宗教・政治の場で重要な役割を果たしている。
成立と歴史的背景
ウルドゥー語の起源は、デリー・スルタン朝からムガル帝国期にかけて、北インド一帯に多様な民族・言語集団が集住した宮廷や軍営の場にさかのぼる。トルコ系・イラン系の支配者層が宮廷語としてペルシア語を用いる一方、兵士や商人、都市住民の日常会話ではインド系諸語が話されており、その接触の中で共通語としてのヒンドゥスターニーが形成された。そのうちイスラーム教徒の共同体で用いられ、ペルシア風の語彙と文語表現を多く取り入れた変種が、のちにウルドゥー語と呼ばれるようになったのである。
ヒンディー語との関係
ウルドゥー語とHindi(ヒンディー語)は、音韻体系や基本語彙、日常会話の文法においてきわめて近く、口頭での会話レベルでは相互理解が可能なことが多い。両者は本来、同じヒンドゥスターニーを基盤とする方言連続体の中に位置づけられ、19世紀までは明確に区別されていなかった。しかし近代以降、イスラム教を信仰する人々の言語としてウルドゥー語が、ヒンドゥー教徒の言語としてヒンディー語が、それぞれ宗教的・民族的象徴を帯びるようになり、語彙選択や表記体系の差が政治的・文化的対立とも結びついて強調されるようになった。
文字と表記体系
ウルドゥー語は、アラビア文字にペルシア語で用いられる記号を加え、さらにインド系音素を表記するための文字を補った独自のナスタアリーク体で書き表される。右から左へと書く点は、アラビア語やペルシア語と共通であるが、語頭・語中・語末での字形変化や合字の多用など、視覚的に流麗な書風を特徴とする。一方、ヒンディー語はデーヴァナーガリー文字を用いて左から右へ書かれ、表記法の違いは両言語の分化を象徴する重要な要素となっている。
文学と宗教文化
ウルドゥー語は、ガザルやナズムといった抒情詩を中心に豊かな文学伝統を育んできた。ムガル期以降、宮廷や都市のサロンでは、イスラム教神秘主義の思想を反映した詩作が盛んに行われ、恋愛や神への献身、社会批判など多様な主題が洗練された比喩表現で歌われた。また、説教・講話・宗教劇などの口承文化においてもウルドゥー語は広く用いられ、ウラマーや詩人たちは、民衆に教義や歴史を伝えるための有力な媒体としてこの言語を活用した。
現代社会におけるウルドゥー語
現代のパキスタンでは、ウルドゥー語は国語として行政・教育・メディアで重要な地位を占めるが、実際の母語話者は人口の一部に限られ、多民族国家の共通語として機能している。インドにおいても、ウルドゥー語は少数派言語とはいえ、新聞・映画・テレビドラマやポピュラー音楽などで一定の存在感を維持している。ボリウッド映画の歌曲や台詞には、英語やヒンディー語と混じり合いながらウルドゥー語由来の語彙が頻繁に登場し、都市文化の中で洗練された表現として好まれている。
多言語状況と社会的位置づけ
南アジアは多言語地域であり、ウルドゥー語もまたその一角を占める言語として、地域や階層によって異なる役割を担っている。地方の日常生活ではパンジャービーなどの地域言語が主に用いられる一方、教育・文学・宗教儀礼においてウルドゥー語が権威ある言語として位置づけられる場合も多い。このような状況は、ウルドゥー語が単なるコミュニケーション手段にとどまらず、イスラーム的教養や歴史的伝統を体現する象徴資本として機能していることを示している。