『情念論』デカルト

生得観念

生得観念とは、人間が生まれながらに持っている観念。神の観念や善悪の観念が、その例とされる。

プラトン

古代ギリシアの哲学者プラトンは人間は生まれながらにある種の観念であるイデアを知っているとした。

デカルトによる生得観念

デカルトは、感覚に頼らなくとも明晰判明の知識は得られると考えた。幾何学がその代表である。無限な実体である神、有限な精神的実体(精神)と物質的実体(物体)を生得観念とした。有限であるはずの人間が無限の神を知りえるのは、あらかじめ与えられたとしか考えられないからである。

ジョン・ロックによる生得観念の否定

ロックは、経験論の立場から生得観念を否定する。人間の心は「白い板」(タブラ=ラサ)、つまり白紙であってなにも書き込まれていないと説いた。

ライプニッツのロックへの反論

ライプニッツは一切の知識は蓋然的なままであって確実性を持ち得ない。経験や感覚は認識・思考に不可欠とはいえ、学的な知の獲得には経験だけでは不十分である。ライプニッツデカルトの生得観念をさらに体系化させたが、これはライプニッツ自身のモナド論と深く結びついているからである。なお、ライプニッツはモナド自身が一切の事実を述語としてあらかじめ含むと考えた。